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心を失くした天使2
未来の為に
夜になり、体調もよくなった事から晩ご飯を作る手伝いをした。大切な人を失くした僕を気遣うお母さんと、それでも時折笑い話を交えながら。
お父さんと同じで料理が苦手な僕は
「これからは男の子も料理出来なくちゃ」
と言うお母さんの手元を観察してるけど、あの手際のよさはとてもじゃないけど真似出来そうにない。
「ただいま」
やがてお父さんが帰って来た。台所に入り、親子仲睦まじく料理をしている様子に口元を緩めはしたものの、表情そのものは沈んでいた。例の調べてもらってる件、あまりいい返事がなかったと伺える。

敢えて聞こうとしなかった事で、晩ご飯は静かに、平和に食べ終えた。でもその後に切り出されたお父さんの話に、僕は不安と絶望を抱く事になる。
「その人は…男の人なんだけど、別の人格が少なくとも5つあったそうだ。なぜか女性が多くて、小さな女の子になったり、おばあちゃんになったり。それで長い間精神病院に入院してたらしいんだが…」
やっぱり本当にそういう事があるんだ。
「一番問題だったのは、自分を『ヴェラ』と名乗る凶暴な人格で、1920年代に実在した殺人鬼の生まれ変わりだと言ってたそうだ」
「お父さんが見たのってそれ?」
「多分な。本当に生まれ変わりとは思わないけど…間違いなくそのヴェラがいた」
「…今も入院してるの?」
「…」
だめだ、話も雰囲気もどんどん悪い方へ向かってく。
「10年程入院し続けた挙句…自殺したそうだ」
つまり、10年も専門の医者にかかりながら治らなかったという事…か。
「もちろんそれは多くの精神疾患の一例だし、和也くんもそうなるとは限らない。治療だとか科学だとか色々と進歩してるんだし、いい医者に見せればきっとよくなると思う」
でもその為には、和樹が警察に捕まる事が前提になる。そこに僕達の考えの矛盾があるんだ。
僕が晒し者にならないよう、捕まらないで欲しい。でも治療を受ける為には捕まって精神異常が証明されなきゃいけない。
だから色々話し合ったけど、これという結論が出なかった。
両親の事を思うと、このまま逃げのびて二度と僕の前に現れないで欲しいというのが本音だ。晃司を殺された怒りや悲しみがいつか癒えるのなら、だけど。
でも防犯カメラに姿を捕らえられた事で、さすがに逮捕されるのは時間の問題のように思う。そうなって和樹が和也に体を返したとしても、待っているのは身代わりに裁かれるだけの地獄だ。
「それならまだマシだ。証明は出来なくても、陸斗やお父さん達が多重人格だったと訴えればもしかしたらどうにかなるかも知れない」
そう言ったお父さんは
「何より一番マズいのは、和樹のまま逮捕されて、すべての罪を悪びれる事なく認めてしまったら…」
と続けた。
「その後で和也くんに体を返すかも知れないし、和樹のまま悪人として存在し続けるかも知れない。これじゃあどっちに転んでも…」
和也を助けたい気持ちをちゃんとわかってくれてるからこそ決め手がなかった。
「あの時…」
「?」
「陸斗が言ったように警察に行っていればこんな事には…」
晃司や兄貴達三人が逮捕され、僕と和也は性被害者として周りから手厚いケアを受けていたら、和樹も復讐という行動に出なかったかも知れない。でも警察に行かなかったのはひとつの選択肢としてすでに過去の事だ。『これから』の事を考えるべきであって、お父さんを責める気持ちなんてまったくない。
「ここに呼んで説得出来ないかしら…?」
お母さんの案は和平的なものだった。
「ダメだと思う…。説得とか話し合いとか取り引きとか、そんなのが通じるやつだと思えないよ…」
「そうだな。実際に人を殺してるんだから…何をされるかわかったもんじゃない」
凶暴で冷酷な和樹にはお父さんでも敵わないと思う。相手は子供だから大人の方が強い、なんていう単純な図式は成り立たない。
「陸斗、お前はどうすべきだと思う?」
「ん…」
どの考えも正しく、でも間違ってる気がする。
「結局いつもお前が正しいんだ。お前が望むようにしようと思う」
「…多分、ほっといても捕まると思うし、それだったら今のうちに警察に話した方がいいと思う。和樹が逃げ回ってる間、ずっとビクビクしてるのは嫌だ」
和也としてでも和樹としてでも構わない。まず警察に身柄を確保され、和樹のままなら精神障害を主張する。現に過去の和也を知る者だったら、和樹は違う人格だとわかるはずだ。精神鑑定をして、多重人格障害が認められれば、もしかしたら長い入院生活になるかも知れないけどきっと和也は罪に問われない。
逆にもし和也に体を返すようなら、それはそれで例えどうなろうと僕達が全力でフォローする。和樹の罪をそのまま背負う事になるかも知れない。でも真実を知る僕達が必ず支えになる。どれだけ時間が掛かろうとも。
「…わかった。警察に行こう。2年前の事が表沙汰になって、もし不都合な状況になってもみんなで戦おう」
「うん」
「お父さん達ももう逃げないよ。和也くんの為に、何よりお前の為に戦う」
「…うん。ありがとう」
「今日はもう遅いし、明日お父さんが行ってくる。何から話せばいいのか、状況をまとめる時間も必要だけど…とにかくここ最近の事件の犯人に心当たりがあるって話してくるよ」
和樹はおそらく家には帰ってない。親戚の所から姿を消している事がわかれば警察だって変に思うだろう。
「いいな陸斗。和也くんが捕まったら…お前も警察に呼ばれるだろう。何度も何度も、答えにくい事をうんざりする程聞かれると思う。耐えれるな?」
「…うん、わかってる」
僕の決意の側で、先の状況を予見したお母さんが
「あぁ…」
と悲観の溜め息を漏らして顔を伏せた。
「大丈夫だよお母さん。友達みんないいやつだもん。あの事件の事知られてもみんな友達でいてくれるよ」
「…そうね」
うっすら涙を浮かべ、決意が固まってないお母さんに申し訳なく思った。
「陸ちゃんが言う事、全部信じてるけど…本当に間違いはない?」
「どういう事?」
「和也くんがおかしくなったフリをしてるだけとか…」
もちろん、部外者から見たらそういう可能性はゼロじゃない。精神異常のフリをして罪から逃れようと計算してるのかも知れない、と。でもあの目つき、違う声…何より僕を辱めた時の下品さは絶対に和也じゃない。精神異常になったアピールをしたいだけならただ凶暴さを見せればいいだけのはずだ。
「それだったらよかったね…。説得出来たかも知れないし」
辱められた事は両親には話したくない。余計な心配を増やすだけだと思う。
「でも…俺にはわかる。あれは絶対に和也じゃない」
「…そう…」
落ち込んだ時のお母さんはいつもよりずっと老けて見える。
でもまたいつか、きっと家族みんなで笑って過ごせる日が来ると信じたい。僕がかわいいお嫁さんを連れてくるのを楽しみにしてるお母さんの、ささやかな、本当に小さな夢を叶えてあげたい。その為に必要な戦いが始まるんだ。
「じゃあ、明日はお父さんが陸斗を学校まで送って行く。その後、午前中休みを取って警察に行ってくるよ」
「うん、わかった」
「…がんばろうな」
お父さんは僕の手を強く握る。そして僕は…お母さんの手を握った。

これが最善の道、解決に繋がる案と信じていた。でも…僕達はもっと和樹の恐ろしさを警戒するべきだった。
『皆殺し』という、日常では絶対に使わないであろう言葉を和樹が言っていた事を思い出すべきだった…。

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あきゅろす。
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