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心を失くした天使2
お母さんの夢
…僕は、僕を助けてくれた人がいなくなった世界に取り残されてしまった…。
生まれて初めて心から愛した人だったのに…。
立場上、僕はお通夜とかお葬式にも行けないと思う。つまり、もう二度と晃司には触れられないんだ。あの温もりが恋しくなっても…。

失神というか気絶というか…そこから目が覚めたのは朝早くになってからだった。
中学生の僕を二階の部屋まで運ぶのはいくらお父さんでも無理だったらしく、リビングのソファーに寝かされていた。枕と毛布に両親の愛情を感じた。
「…」
僕が置かれたこの状況は明らかに狂ってる。いつまでもその中にいてまともでいられるはずはない。
正直、すべてから逃げ出していっそおかしくなってしまえたらとさえ思ってしまう。
でも…僕にはやらなければいけない事がある。僕にしか出来ない、とても大切な事。

和也を助けるんだ。

いつもの時間になり、両親とも起きてきて僕の様子を気遣ってくれた。
「陸斗、今日は学校休みなさい」
「でも…」
「昨日の事…お母さんに話した…」
心配掛けたくないからと内緒にするはずだったけど、こうなってしまったらそれも仕方ない。
「お母さん、パートお休みして家にいるから」
看病されなきゃいけない程じゃないんだけどな…。
「とにかく、お父さんもお母さんも、今日はお前を外に出すわけにはいかないと思ってる」
「うん…」
和樹は僕を監視してると思った方がいいかも知れない。特に昨日のように待ち伏せなんかされてたらどうにもならないし。
それに…確かに休みたい気持ちもあった。心を休ませる時間が必要な気がしていた。

もちろん具合が悪いわけじゃないのに部屋でただボ〜ッと寝てると、余計な事まで考えてしまいがちだ。
そうならないようにとまで考えを回したわけではないだろうけど、お昼時になってお母さんは僕にやたら構ってきた。
「陸ちゃん、おかゆ作ったから食べなさい」
そう言ってわざわざ部屋まで持って来てくれた。
「病気じゃないから普通のご飯でいいのに」
「体動かしてない時は消化がいい物にしなきゃ」
おかゆを小さな土鍋から茶碗に移し、それを僕に渡してくれるのかと思いきや、お母さんはフーフーしてスプーンを口元に持って来た。
「はい、あ〜んして」
「じ、自分で食べるよ」
「何よぅ、お母さんを独り占め出来るのはお父さんがいない時だけなのに」
「独り占めって」
「いいからいいから。はい、あ〜ん」
ホントに照れ臭かった。誰かが見ていたら絶対にあ〜んなんて出来ない。
「おいしい?」
「…うん」
それでも僕は、お父さんとお風呂に入った時と同じようにささやかな幸せを感じていた。
「お母さん…ひとつ重大告白しちゃおうかな…」
「?」
おかゆを食べきる直前くらいにお母さんがそう言った。
「って言ってもただの昔話だけど」
最後の一口を食べ、茶碗を下げてからゆっくり話し始めた。
「陸ちゃんが産まれる前ね、お母さんホントは女の子が欲しいなぁって思ってたの」
母親ってそういうもんなのかな?
「そしたらお人形さんみたいにかわいい服を着せ替えさせたり、大きくなってからも友達みたいに買い物行ったり出来ると思ってたし」
着せ替えは結局僕がされてた記憶がある。
「そのうちお腹の子は絶対女の子だとか思い込んじゃって…。だから出産の時に『元気な男の子ですよ』って言われて、思わず『嘘っ!?』って言っちゃった」
「あはは」
「看護婦さんに怒られちゃったわ」
お母さんらしいエピソードだと思った。
「でもそれだったらもっと子供産めばよかったのに」
「う〜ん…」
まずい事を言ってしまったのはすぐにわかった。唸り込むのは答えに困った時のお母さんの癖だ。
「陸ちゃんを育ててた時にね、ノイローゼみたいになっちゃった事があって…精神科のお医者さんにかかったり…お母さんは育児に向いてないのかなって思ったの」
いつだったかお父さんとお母さんが話してたっけ。家に帰らない僕と話し合わなきゃ『私の時みたいに』ってその事か。それだけ僕が手のかかる大変な赤ちゃんだったってわけだよな。
「泣きやまない陸ちゃんに『何でなのよ!?』って叫んだ事もあった」
「…」
「陸ちゃんが少し大きくなってそれはそれで大変だったけど、もう赤ちゃんを育てる自信がなかったの」
育児って僕が考えるよりずっと大変なんだと思う。だからお母さんを責める気持ちなんてあるはずもなく、むしろ手間を掛けてごめんねって謝りたい気分だった。
「俺を産んだ事…後悔してる?」
「…ううん」
お母さんはニッコリと微笑んだ。
「陸ちゃんを産んだから男の子もかわいいんだってわかったんだもの」
「でも…女の子だったらもっとよかったんでしょ?」
「産まれる前はね。でもね、今は別の夢があるし」
「夢?」
「陸ちゃんのお嫁さんと、ホントの親子みたいに仲良くなる事」
お嫁…って…気が早いってば。
「それに陸ちゃんの子供が女の子かも知れないでしょう?そしたらもう毎日お母さんの着せ替え人形にしちゃうの」
うわ、お母さん本気だ。目がキラキラしてる。
「陸ちゃんがどんな素敵な女の子を連れて来るか、今から楽しみ」
「…うん」
やさしいお母さんと気が合う素敵な女の子との出会いがあるといいな…。心からそう思った。
もちろん、晃司を愛していた僕にとってそれは今日明日の話じゃない。
晃司の事を考えるとどうしても涙が出そうになる。あんなにやさしかった人が殺されてしまった現実がまだ受け入れられない。
それに気を病まないようにという気遣いだろう。お母さんはずっと僕の側で話を続けた。他愛もない世間話や昔話だったけど、確かに気は紛れた。
こんな所にも親の愛情がある事を嬉しく思いながらも、やっぱり僕の喪失感は大きかった。

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あきゅろす。
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