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心を失くした天使2
和也と和樹
本当の問題はここからだ。僕はあいつにどう立ち向かえばいいのだろう…?
怪我をさせるような事は出来ない。和也の体を傷付ける事になるわけだし、何より力で敵うはずもない。
かと言って話し合いが通じるような相手だとも思えないし。
お父さんは、もう人を殺す事はないかも知れないと言った。僕もそう思ったけど…それは間違いだった。あいつは気に入らない相手は誰であろうとためらいなく殺す。地の果てまで追い詰めてでも、まるで自分の力を楽しむように。
でもこれ以上、和也の体に罪を重ねさせたくない。何とかしなくちゃ…。

その日の夜、僕の帰りが遅くなった為に晩ご飯もいつもより遅くなってしまった。待っていてくれた両親と、少し気まずい雰囲気の中で食事を済ませた。
お母さんが事情を話したようで、お父さんが沈黙を破って話し出した。
「病院へ行ったんだって?」
「…うん」
「手紙は渡せたのか?」
「5分だけ面会させてもらえた。手紙も渡してきた」
「…陸斗」
「…何?」
もう行ってはいけないとかありきたりな事を言われると思った。
「他に何かお父さん達に話したい事があるんじゃないか?」
両親が僕を一番大切に想い、心配してくれている事に疑いはない。あの時と同じ過ちを繰り返さない為にも積極的に僕と話し合いたいんだ。
「…うん。たくさんある…」
「話してみなさい」
とにかく和也の事を話さなきゃ。何かいい方法を思い付くかも知れないし。
「昨日、また和也に会った…」
「どこで?」
「病院の近くのコンビニにいた」
「…偶然なのか?」
「違う。あいつもきっと病院へ行ったんだ。晃司さんを殺す為に」
「…間違いないのか?」
「ハッキリ言ったんだ。必ず殺すって」
「和也くんがそんな事を?」
お母さんも話に入ってきた。
「あれは…和也じゃないんだ…」
「?」
二人共、顔を見合わせた。
「どういう事だ?」
自分が体験した事を理解してもらえるように話すのは難しい。
「和也の傷そのものって言ってた」
「…どういう意味なんだ?」
さすがにお父さんも怪訝そうな顔をしてる。
「和也じゃない人が和也の中にいるんだ…」
「…多重人格…か…?」
「それだと思う…。自分を和樹って名乗ってた」
最初に再会した日、翌朝いなくなってたのを両親も不思議がってたけど、あの時からすでに別の人格が支配してた。これは和樹本人が言ってる。そうじゃなきゃ…和也が僕にあんな恥ずかしい事をさせるはずがない。
和也のフリをしていた別人…。僕を苦しめた…いや、苦しめているのはあくまでも本物の和也じゃない。
「俺も殴られそうになったんだ…。その…和樹に」
「…」
和也ならそんな事をするはずがない事を両親はわかってる。
「でも…和也が助けてくれた」
「戻ったのか?」
「一瞬だけ…。その間に逃げろって叫んでた」
目の前に本物の和也がいた。それなのに…僕はまた何も出来なかった。
「こんなの…嘘みたいだよね…?」
「…いや、お父さん達はお前が言う事だから信じる」
「…うん」
「それに…」
「?」
「実は…お父さんの学生時代の知り合いに、多重人格障害で精神科医にかかってた人がいた」
「その人…治ったの?」
「いや、見届けてはいない。でも…まるで別人に変身した瞬間は見てる」
本物の和也が現れた時と同じみたいなものか。
「怪我をさせられたりしたわけじゃないけど…あんな怖い思いをしたのは、後にも先にもあれっきりだ」
「怖い?」
「陸斗、お前が見たのは別人が和也くんに戻った時だろう?」
「うん」
「お父さんが見たのはその逆だった。もともと気が弱くておとなしいその人が…悪魔に取り憑かれたみたいになっていく様子は…悪夢としか言いようがなかった。その場にいた人を全員殺してしまうんじゃないかってくらい暴れて…お父さん、怖くて逃げたよ」
人間の精神って思った程単純ではなく、思ったよりずっと怖いって思った。
「明日、その人が今どうしてるか調べてみよう。もしいい医者にかかって治っているなら紹介してもらうんだ」
「うん」
「死ぬ病気じゃないんだ。ちゃんとした処置をすればきっと治る。和也くんもきっと戻ってくるさ」
僕の一番の願いをお父さんが言ってくれた。
「ありがとう…お父さん」
「せっかく話してくれたんだ。もう一人で背負い込むな」
「うん…」
「ちょっとはお父さん達をアテにしろ…よっ」
身を乗り出して、ふざけて僕の頭を小突く。お父さんのやさしさに泣きそうだった僕はつられて笑った。
「よし陸斗、久しぶりに風呂入るかっ」
「えっ…恥ずかしいよ」
「男同士で恥ずかしいって何だ。来いっ、皮がすり剥ける程背中流してやる」
「うぇ〜」
お母さんは微笑みながらそのやり取りを見てる。そのやさしい目が『いってきなさい』って言っていた。

お父さんは昔からそうだ。嬉しい時、楽しい時、手加減出来ない不器用さがある。
僕が小さい頃、ようやくまともにキャッチボールが出来るようになると、グローブをはめた手が真っ赤になるまで付き合わされた。もちろん僕も楽しかったけど。
今日も背中を流してくれたのはいいけど、本当にヒリヒリするまで手加減なしだった。熱いお湯に浸かると痛いくらい。
「あとどれくらい陸斗とこうして風呂に入れるかな…」
「どれくらいって?」
「お前が大人になったらこうはいかないだろう」
「…大人になっても一緒に入ってあげるよ」
「そうか…」
お父さんはポツリとそう呟いただけだったけど、本当に嬉しそうな顔を見せた。
「ところで陸斗、いつの間にヒゲ生やしたんだ?」
「ヒゲ?」
「ココ」
お湯の中にある僕のちんこを指差す。
「いつでもいいじゃん」
「ちょ、見せてみろ」
「やだってば」
バシャッとお父さんの顔にお湯をかけた。
「やったなっ」
お父さんも子供みたいにやり返してくる。
僕が大きくなったからか昔よりやけに小さく感じる湯船で、ほんの一時だけど嫌な事を忘れてはしゃいだ。
「二人共!お母さんも後で入るんだからはしゃがないのっ!」
着替えを持ってきたお母さんがバシャバシャやってる音を聞いて僕達を叱った。
「…」
お父さんと二人、顔を見合わせて笑った。声を出して笑った。ほんの一時、すべてを忘れて何年振りかで…。
そしてその後、お父さんは僕の肩を抱きながら、場違いで時代遅れにも程がある『LOVEマシーン』を気持ちよさそうに歌った…。

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あきゅろす。
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