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心を失くした天使2
愛する人よ
でもメソメソばかりもしてられない。僕はすべての真実を手紙に書きつらねた。面会は出来ないけど、あのお姉さんなら手紙を渡すくらいしてくれそうだ。
危険は去っていない。とにかくそれを晃司に知らせなきゃ。
ちぎったノートを便せんに見立て、一晩かけて書いた手紙は七枚分にもなった。急いで書いたから我ながら汚い字だけど、読めない事はないだろう。
すぐにでも…でも明日は学校があるから、放課後また病院へ行かなくちゃ。
朝、お母さんに正直に話して(お見舞いに行くという事だけ)電車代をもらおう。
晃司を助ける。和樹という悪魔を止める。それは僕にしか出来ない。僕しか知らない事実。そして…本当の和也を助けてあげたい…。
…方法はわからない。でもきっと何かあるはずだ。
あの日、僕をかばって大怪我をした和也に今こそ恩を返す。友達として、一生の親友として…。

翌朝。寝不足で目が少しヒリヒリする。
朝食を食べた後、後片付けをしてるお母さんに電車代をもらおうと話し掛けた。お父さんは先に出掛けたし、こういうのはやっぱり母親の方が言いやすい。
「お母さん、今日…あの人のお見舞いに行きたいんだ」
「…そう」
「でね、国立病院まで行くから…電車代ちょうだい」
「…うん」
賛成出来ない様子が見て取れる。お母さんは戸棚にしまってあるバッグから財布を出し、その中から五千円札をくれた。
「こんなにいいよ」
「手ぶらで行っちゃダメよ。果物とか…何か買って行きなさい」
「…」
そうか、お母さんは面会出来ない事を知らないんだった。
「…ごめん」
「?」
「ホントは昨日も行ったんだ」
「…それなら、あんまり何度も行くのも失礼よ?」
「面会出来なかったんだ。昨日はそれを知らなかったから帰って来たんだけど…今日は手紙を渡してもらおうと思って…。だから電車代だけでいい」
「…そう」
お母さんは、お札を千円に取り替えて僕にくれた。
「ありがとう」
僕はそれをポケットに入れ、学校へと出掛けた。

授業中も、部活をしていても、和樹がどこかから見ているような気がして仕方なかった。あの狂暴な人格が僕の心に小さな傷をつけた感覚。そのせいでどうにも落ち着かない。
夕方になり部活を終わらせた後、急いで駅に向かう。またあいつと出くわしてしまうかも知れないから注意しないと。
当然、国立病院前の駅に着いてから、僕は一度も休まずに全力で走って病院まで辿り着いた。あのコンビニの前は避けたから少し遠回りになったけど。

病院の前で乱れた呼吸を治してから受付に向かった。昨日と同じお姉さんならいいけど…。そう願いながら。
運よくと言うか、向こうも仕事なんだから当たり前と言うか、あのきれいな顔が視界に入ってきた。歩み寄る僕と目が会っても嫌な顔はせず、いくらかホッとした。
「あの…昨日はありがとうございました」
「いえ」
「藤沢さんに…手紙を渡してもらう事って出来ませんか…?」
頭ごなしに『無理』とか言われたらやだなぁ…。
「…」
嫌な沈黙だ…。
「…5分だけ、面会いいですよ」
「えっ!?」
「大切な方なんでしょう?」
「は、はいっ!」
5分ではすべて伝えられそうもない。手紙は無駄じゃなかった。何よりも直接渡せるなんて…こんなに嬉しい事はない。
「本当は藤沢さんへの面会は、身内の方以外禁止されてますから…内緒ですよ」
「はいっ」
そしてそのお姉さん自身が、僕を晃司の病室へと連れて行ってくれた。

そこは病院の最上階、しかも『関係者以外立入禁止』の立て札がある先だった。まさかこんな所に病室があるなんて、一般の人にはまるでわからないだろう。
「ここですよ」
大きな横スライドのドアがある部屋の前に来た。
「ここにいますから、手紙を渡したらすぐに戻ってね」
「はい…」
この先に晃司がいる…。僕はコクッと唾を飲み、ゆっくりとドアを開けた。
「…」
やけに広い病室だった。一瞬ベッドがどこにあるのか探してしまったくらい。
コトンと静かにドアが閉まるのと同時に、ベッドの上にいる晃司と目が合った。
「晃司…」
首に重々しいギプスをはめた晃司がやさしく微笑みかけてくれた。
「陸斗…」
少なくとも自由に身動きが出来る状態ではないようだ。特に頭はまるで動かせないらしく、視線で僕の動きを追ってる。
僕はすぐ側まで近づき、そっと頬を撫でた。涙がドバドバ流れ出る。でもこれは久しぶりの嬉し涙だ。
「明るい顔つきになったと思ったのに…泣き虫は変わってないな」
「だって…」
言葉が見つからない。何から話していいのかさえ思い付かない。そんな混乱した頭を整理する為に僕はそっと胸元に顔を寄せた。
痩せた顔、乾いた唇…。でもなつかしい晃司の匂いがした。
「会いたかった…」
「俺もだよ」
そうだ、ゆっくり見つめ合ってる時間はないんだ。
「面会、5分しかダメだって…」
「警察とかマスコミが押し掛けて大変だったからね」
「和也…だよね…?」
「…うん。でも警察には犯人の顔は見てないって言ってあるから」
「その事なんだけど…」
ポケットから手紙を出した。
「あれは和也じゃないんだ」
「え?」
「全部話してる時間ないから、これ読んで」
少しシワになった手紙を渡した。
「大変な事になってる…」
時間さえあれば細かくすべてを話せるのに…。
「わかった…すぐに読むよ。マズい事書いてありそうだし、ちゃんと処分するから」
でもこれで最低限の事は伝わる。まだ命を狙われてる事さえ知ってくれればいいんだ。退院したらどこかに身を隠すとか、危険を避ける方法はいくらでもあるんだから。
「受付の人がそこで待ってるからもう行くね…」
本当は帰りたくない。ここでずっと看病していてあげたい。
「うん…」
「俺、両親とも友達ともうまくやってるから…心配しないで」
「…そっか」
「それと…お願いがあるんだ」
「今の俺に出来る事なんてかなり限られてるけど…」
「今じゃなくて退院したら」
「…何?」
言葉にするのは少し恥ずかしかった。
「俺を抱きしめて」
「…」
「毎日うまくやってるけど…でも何かが足りない」
セックスしたいという意味じゃない。晃司の温もりが恋しいんだ。
「うん…。俺も陸斗を抱きしめたいよ…」
あぁ、晃司…。僕の一番愛する人…。
やっぱり別れるなんて出来ない…。両親に対する裏切りになるかも知れない。それでも僕は晃司の温もりに触れたいと願ってる。
いつかこの事件のすべてが片付いたら…その腕の中で眠らせてね…。いつまでも晃司を愛してるから…。
「じゃ帰るね…」
「うん…」
振り向いてもう一度見た晃司が、まるで消えてしまいそうなくらい儚く見えた。そんな事あるはずがない。それが単なる思い過ごしだと信じて僕は病室を後にした。


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