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心を失くした天使2
邪悪な気配
「おーっ!?あれじゃね!?」
和也が前方を指差して走り出したのは、森をうろついて10分程経った頃だった。少し拓けた場所に言い伝え(?)通り、白いクヌギの木が三本だけそびえていた。
「あったよ〜、絶対これだよなっ?」
和也は愛しそうに木を撫でてる。
「は、早く餌捨てろよ。俺、もう限界」
「捨てちゃダメだろ」
ぬるい果物が密集してる袋を更に手で揉みまくり、十分に果汁をミックスさせて得体の知れない液体にした後で、和也はようやくそれを木にぶっかけた。
「うわっ、チョーくせぇっ!」
もう完全に生ゴミと同じ臭いだった。何だか玉ねぎを切った時みたいに目にもダメージがあって、僕はうっすら涙が出てきたのを感じた。
「明日んなったらこの木、枯れちゃってんじゃないかな…」
「クワガタにはこれが御馳走なんだってば」
「俺がクワガタならスイカだけの方がいいな…」
「好き嫌いはよくないぜ」
和也のやつ、ホントにこの臭いに慣れてしまったようだ。いや、嗅覚が麻痺してるのかも…。平気な顔で木のあちこちに汁を塗りまくってる。そのせいで辺り一帯が異臭に包まれてた。
さっきも言ったように風がないから、この臭いがどこかへ運ばれる事はなかった。
「こんなもんかなっ」
木をベトベトにしつくして満足したらしい。やけに達成感溢れる爽やかな笑顔を見せた。
「てか和也もくせぇんだけど」
「え?そうかな?」
自分でTシャツの袖口をクンクン嗅いでるが、もはや自覚はないらしい。
「じゃ明日は5時にあのコンビニに集合な」
帰り道、和也は待ちきれない思いでそう言った。
「ちょっと早過ぎない?」
「だって他に誰かクワガタ捕りに来たらせっかくの餌が無駄になっちゃうじゃん」
それは別にいいけど、あの悪臭に耐えた事が無駄になるのは確かに悔しい。
「いっぱい捕ろうなっ」
そう言って和也は笑った。

…僕の記憶にある限り、それが和也が見せた最後の笑顔だった。まさか最後になるなんて夢にも思わずにいた…。

「これからどうする?」
それぞれ家に帰るにはまだ早い。
「陸斗んち行こうかな」
「それはやだ。部屋が臭くなる」
「うっざ。じゃウチ来る?」
「うん」
僕達以外の人の気配に気付いたのは、自転車を停めた所まであと50メートルくらいの所だった。
「よぅ」
木の陰から人が現れた。気安い挨拶をしてきたものの、もちろん知り合いなんかじゃない。だってそこにいたのは高校生だったんだ。しかも三人。何の為にここにいるのかなんて想像も出来ない。
「何やってんだよ?」
その三人は少し不自然な組み合わせだった。声を掛けてきたのは見るからに不良で、実際タバコをくわえていた。その後ろでニヤニヤしてる人も同じようなタイプ。
でももう一人はその二人とは明らかに違ってた。すごく普通だったんだ。服装も髪型も不良とは程遠く、むしろ優等生的な印象だった。
優しそうな顔をしてるけど不良二人と友達っぽいし、見た目はどうあれこの人も不良なんだろう。
「クワガタ捕りに…」
和也がそう言った。小学生から見たら高校生は大人も同然だ。しかも不良となると怖い存在でしかない。
「こんな時間に捕れんのかよ?」
「…」
今度は無言で首を横に振った。和也でさえも萎縮してしまってる。それは僕も同じで当然と言えた。
「じゃ何で来てんだよっつー話だよなぁ?」
後ろの人とニヤニヤ笑ってる。
例の優等生っぽい人は、表情も変えずソッポを向いたまま静かにそこにいるだけだった。
和也もきっとこう考えていただろう。当たり障りのない対応をしてこの三人が早くどこかへ行ってくれればいいな、と。
でも事はそうならなかった。僕達にとって人生で最悪の出来事に発展してしまったのだから…。
「自分ら何年生?」
「6年…」
「つーか、金持ってね?」
これってまさか…カツアゲってやつ?大人同然の人が小学生からお金を取るなんて…ホントにそういう人がいるんだ。
「持ってない…」
和也の返事はいちいち早い。早く終わらせたい焦りからだろうか。
「マジ?ポケット調べて出てきたらブッ飛ばしちゃうよ?」
「ホントに持ってない…」
和也は嘘をつかないし、普段無駄なお金を持ち歩かない事を僕は知ってる。でもこの人達はそれを知るはずもないし、信じようともしていなかった。
「押さえろ」
後ろの不良に言うと、そいつは和也を後ろから羽交い締めにした。体の自由を奪われた恐怖がそこにあった。
「金出てきたらホンットにブッ飛ばすからな?」
タバコを加えたリーダー格の不良は、両手を同時に和也のハーパンのポケットに突っ込んだ。ゴソゴソとまさぐってるけど当然お金は出てこない。
「んっ!」
和也が突然身をよじった。なぜなのかは不良の言葉でわかった。
「おめーチンコでけぇな」
ポケット越しに偶然触られてしまったんだ。
「もしかしてもうボーボー?」
下品な言葉に和也を捉えてるやつもいやらしく笑った。
「ちっと見せろよ」
なぜそんなバカげた事をするのか理解出来ない。不良の手がハーパンのウエストに掛けられた瞬間、僕はとっさに言った。
「お金ならっ…!」
不良の手が止まり、この場にいる全員が僕を見た。僕はポケットから水を買った後のお釣り、300円を出しそっと差しのべた。
「やりぃ♪タバコ買える」
こんな小銭に喜ぶなんてバカみたいにも程がある。
「借りていい?借りるだけだから」
頭の悪い高校生が自分がした悪さを正当化する為の精一杯の言い訳だ。
そいつは300円をポケットにしまい、くわえていたタバコを足元に落として火を踏み消した。

…ここで解放されていたら、僕達は地獄を見る事もなかった。いつの日か『そう言えば昔、頭悪い高校生にカツアゲされたよな〜』なんて笑って話せたかも知れなかったのに…。

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