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心を失くした天使2
叶わなかった夢の日々
どの道を通って帰ったのか…あまり覚えていない。夕方、家に着いた頃にはもうクタクタだった。
とてもじゃないけど平静ではいられない。買い物にでも行ったのか、お母さんがいなかったのは好都合だった。
お尻の穴がズキズキする。でもとにかく休みたい…。僕はシャワーを浴びるつもりだったにも関わらず、ベッドにバタンと倒れ込んだ。
「…」
和也はちゃんと存在してた。もうひとつの人格に立ち向かい、僕を助けてくれたんだ。
和也はもう体を取り戻せないって言ってた。本当に取り戻す方法はないだろうか?
それにあいつ…和樹は晃司を殺すと言った。今は病院にいるから安心だけど、退院したらまた狙われてしまう。何とかしなきゃいけない。
色々考えようにも頭がうまく働かない。やがてウトウトしながら、僕は夢を見た…。

6年生の夏休み…。いつものようにギラギラと暑い午後。僕は和也と森林公園に出掛けた。くわがたを捕まえる準備をする為に。
お目当てのクヌギの木に餌を塗り、翌日の早朝を楽しみにその場を去る。
「いっぱい捕ろうなっ」
そう言って笑う和也はキラキラしていた。僕はその笑顔が大好きだったんだと改めて気付く。

その帰り、何があったのかよく思い出せない。いや…きっと何もなかった。
待ち合わせ場所でもあったコンビニに戻り、しばらくマンガを立ち読みして、それからアイスを買って駐車場で食べた。アイスを食べるとすぐにお腹を壊す和也には丸々一個は多過ぎる。だから僕のアイスをア〜ンって食べさせて分けてあげるんだけど、ほんの一口か二口で十分らしい。
そして日が暮れ始め空が薄紅色に染まる頃、僕達はようやく家に帰ったんだ。

翌朝、眠い目を擦りながらまだ暗い街を自転車で走った。
くわがたは捕れたっけ…?よく思い出せない。でもきっとたくさん捕れたはずだ。
そのヒラタは俺が先に見つけたんだ!いや、俺が先だ!よぅし、じゃあジャンケンな!
そんなやり取りがあった気がする。
毎日毎日飽きもせず和也と遊んだ。

二学期が始まり季節は秋へ。小学校最後の運動会。僕と和也はクラス対抗リレーの代表選手。一人抜いて二位まで上がった所でバトンを和也に渡す。言葉には出さないけど、その頼もしい目は『任せろよ』って言ってる。そして和也はその自信通りにトップに立ち、見事に逆転優勝を決めた。クラスのみんなが和也の活躍を讃え取り囲む。その中心で満面の笑みを見せる和也。やっぱり和也は僕達のリーダーだ。

冬休み。クリスマスは家族と過ごすべきだけど、僕と和也は毎年恒例のプレゼント交換がある。照れ臭いから他の友達には内緒なんだけど。
去年、和也は僕にガラス細工のイルカの置物をくれた。お父さんがシンガポールへ立ち寄った時に、僕へのプレゼントに何かいい物はないかと探してもらったそうだ。イルカ=海=夏のイメージじゃね?ってからかいながらも、ホントはすごくうれしかった。だってとってもきれいだったんだ。
僕がプレゼントしたのはちびっちゃい雪だるまの置物。手に乗せるとセンサーが感知して、やたら派手にキラキラ光る置物。和也もそれを気に入ってくれた。大事にするけど冬しか飾れないよなって笑ってた。
で、その年のプレゼントは…何をもらって何をあげたのか…思い出せなかった。おかしいな…。どうしてだろう…。小学生になってから毎年必ずプレゼント交換してたのに…。

一緒に小学校を卒業して一緒に中学生になり、部活は何にしようか話し合った。結局二人共サッカー部に入り、毎日遅くまで先輩にしごかれた。
その甲斐あって僕達はすぐに準レギュラーに昇格。お前ら二人、いいコンビだよってみんなから言われたっけ。

隣のクラスの女の子がちょっと気になるって打ち明けたのは和也だったかな…?それまで女の子を好きになるより、友達みんなで遊ぶのが楽しかったはずの和也が少しだけ大人びたように見えた。

期末テストの前は僕んちで一緒に勉強した。僕も和也は成績はまぁまぁ。親に褒められる程でもなければ叱られる程でもない。
でも和也は小学生の時から社会が苦手だった。数学みたいに式を解いたり、英語みたいに文法を考えたりするのは得意だけど、ただ丸暗記するものは何か罠があるんじゃないかと変に深読みしすぎて自滅するんだ。
僕はそれを『ドジの法則』と言った。和也は、俺は過去を振り返らないから昔の事なんか興味ないんだよって言ってた。かっこいいんだか悪いんだかよくわからないセリフ。

そして待望の夏休み。と言っても中学生になってからの夏休みは予想以上に楽しくなかった。宿題は山程あるし、部活も毎日のようにある。
午前中はどちらかの家で宿題をしてお昼ご飯をごちそうになり、そのまま部活に行くというのが定着したパターンだった。

…僕達はまるで…友達というより、兄弟に近い関係だったのかも知れない。もちろん実際には他人だし似てるわけじゃないけれど、双子のように通じ合う部分が多かった。

「陸斗、明日久しぶりにくわがた捕りにいかね?」
和也がそう言ったのは、部活が三連休になる前日だった。
…胸騒ぎがするのはなぜだろう。行ってはいけないと僕の中の何かが言ってる。とてつもなく恐ろしい事が起きるんじゃないかという予感。
「ダメだよ。やめよう」
「あの三本クヌギ、まだあるよな?」
…和也…?
「いや、だからやめようってば」
「いっぱい捕れそうな気がすんだよなぁ」
聞こえてない…?目の前でしゃべってるのに話が噛み合わない。
「行きたくないんだ。行っちゃダメなんだ」
「でも俺、早起き出来るかなぁ」
「和也!行ったら俺達…!」
そこで言葉を詰まらせる。そしてあのおぞましい出来事のすべてが鮮明に蘇った。

何ひとつ悪い事などしていないのに、歯が折れるまで殴られた和也。
性的な事に目覚めも興味もなかったのに、裸にされ手術が必要なまでに強姦された和也。
クラスの人気者でリーダー的な存在なのに、まるでボロ雑巾のように捨てられた和也。

僕の一番の親友だった和也…。

「陸斗も寝坊すんなよっ」
…お願い、僕の声を聞いて…!
「じゃまた明日なっ」
何も知らず、さわやかな笑顔を残して去って行く和也。待って…!伝えなきゃいけない事があるんだ…!

「和也っ!」

…汗まみれで目が覚めた。帰ってからほんの20分しか経ってない。
「…」
和也を救えなかったという罪悪感だけが残る嫌な夢だった…。
もしあの日、何もなければ夢と同じような日常が続いていたんだろう。ごく普通の中学生として、他の誰にでもあるような楽しい毎日を過ごしていたと思う。

…あんな事さえなければ…。

…でもそんな現実はどこにもなく、あくまでも夢の中だけの事だったんだと思い返して…悲しくなるくらいならと考えるのをやめた。


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あきゅろす。
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