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心を失くした天使2
黒いダイヤモンド
私達の運命を変えたあの日…。空はいつも通り快晴で、朝から太陽が照りつける、とても暑い日だった。

「ちゃんと宿題進めておかないとだめよ?和也くんのとこ遊びに行ったりしたら後でお母さんから連絡あってわかるんだからね?」
「わかってるよ、もう…」
パートに行く前のお母さんとの毎朝のやり取りだった。言いつけ通り、僕も和也も午前中のうちに夏休みの宿題を進め、午後から遊ぶつもりでいた。具体的に何をして遊ぶかは決めてなかったけど、いつものようにプールに行くんだろうなぁと何となく思ってた。

僕の両親は共働きだから、夏休みと言っても休みなのは僕だけだ。
一人でダラダラと宿題を進め、お母さんが作っておいてくれたお昼ご飯を食べ終わった時、家の電話が鳴った。間違いなく和也からだ。このタイミングで他からの電話なんてありえない。
「もしもし」
『俺俺』
声変わり前ながら、どこか大人びた和也の声だった。
『今日さ、東部公園いかね?』
東部公園というのは、文字通り街の東側に位置する巨大な森林公園の事だ。
公園と言っても森の中に遊歩道があるだけで、おじいちゃんやおばあちゃんが散歩したりする以外、特に利用者や通行人はいない。当然、僕達にも用がない場所だった。
「何で?」
遊びに行く理由が思い付かない以上そう聞くしかない。と言うより、ただ暑い思いをしそうだったからどちらかと言えば行きたくなかった。
『歩道から外れた所にさ、クワガタがいっぱい捕れる穴場があるって教えてもらったんだ』
「誰に?」
『近所の子。親戚の親戚に聞いたんだって』
つまり和也とはまったく面識がない人だ。どんだけ信憑性のない話なんだか。
「今から行ったっているわけないじゃん」
『当たり前だって。下見だよ、下見』
和也はいちいちマメなやつだ。その情報が正確だという保証がない以上『朝早く行ってみました。でも一匹もいませんでした』となるのを時間の無駄だと考えるタイプだった。
『その子もまだ行った事ないらしいんだけどさ、市役所の方へ向かう分かれ道あるじゃん?あの近くにクヌギの木が三本固まってるとこがあるんだって』
「それ探すの?」
『うん。ホントにあったら、そこに餌置いといて明日の朝もっかい行こうぜ』
プランとしては完璧っぽい。
『親戚の親戚って子がそこで超でっけぇヒラタ捕まえたんだって』
でっけぇヒラタ…。小学生男子ならわかるだろうか。それはダイヤモンド並みの響きを持つ言葉だ。その魅力にはさすがに僕も勝てなかった。
「わかった。じゃどこで待ち合わせする?」
『公園前のコンビニな。あ、餌は俺が持ってくから』
「オッケー」
僕は深く考える事もなく電話を切った。そしていつものようにジュースを買う為の500円玉をひとつハーパンのポケットに入れ、玄関に鍵を掛けて自転車に乗った。
「…」
外に出ると街並みがやたら色濃く見え、何だかいつもより暑い気がした。

待ち合わせのコンビニに着くと、和也は店先の日陰で僕を待っていた。バカだなぁ、中で立ち読みでもしてれば涼しいのに。
「何で外で待ってんの?」
「…」
自転車を降りて近づいた僕に、和也は無言で手にしていたビニール袋を差し出す。
「…?」
開けなくても異変に気付いた。
「うわ、くせぇっ!!」
思わず顔を反らしてしまった。
「何だよ、これ!?」
「餌だよ。クワガタの」
とにかく臭かった。それが何かの食べ物ってのはわかる。臭い中にどこか甘い匂いがしたからだ。でも外気の暑さとミックスされたそれの臭いは、もはや悪臭のレベルだ。
「バナナと梨とスイカ混ぜてみた」
それだけならフルーツミックスのいい匂いになるはずだけど…。
「他には…?」
「ドリアンとアロエヨーグルト」
「それじゃん!何でドリアンなんかあるんだよ」
「いや、知らないけど…台所にあったから。多分父さんがどっか外国から送ってきたんじゃないかな」
「てか何で入れた…?」
「仕方ないじゃん。切ってみたらスッゲー臭くてさ、ほっといたらウチが臭くなると思ってここに隔離した」
と袋をまた差し出す。
「向けるなよっ」
なるほど、自ら『隔離』と言う程の危険物があるから店には入れなかったのか。
「聞き流すとこだったけどアロエヨーグルトっておかしくね?そんなんクワガタ食べる?」
「母さんが体にいいんだって毎日食べてる」
だからクワガタも食べるって?んなバカな。
「ま、いいや。行こうぜ」
僕はその前にコンビニでペットボトルの水を買った。和也の分と二本。
「さんきゅ〜」
入店禁止レベルの危険物を持ってるがために中へ入れない和也に、外へ出てから一本渡す。
「行くべ〜」
和也は自転車に乗り走り出した。その後を悪臭の残り香が漂って近所迷惑になってるとも知らずに。

東部公園の遊歩道は自転車も走行出来る。こんな暑い中を散歩してる人もいなくて、目的地までは楽に着いた。目眩がする程の悪臭の中だけど。
「こっから歩いて探そう」
例の分かれ道に自転車を停めた。
「和也、あっち探して」
「陸斗は?」
「その臭いがしないとこ探す」
「何だよ、一緒に探そうぜ。俺もう臭い慣れたし」
また差し出すし。
「だから向けるなよっ!」
この強烈さ、僕は絶対慣れっこない。
「ま、いいや。行こ」
そればっかで片付けるんだな。

遊歩道を離れてしばらく歩くと、そこは木が生い茂る森の中だった。風が木に邪魔されて届かず、蒸れたような暑さが支配してる。
「何か気味悪くね?」
意外に臆病な和也。確かに日の光も、街の雑踏も届かない静寂は、ホラー映画なんかでよく観る雰囲気にも似てる。
こないだなんか僕が買ってもらったホラーゲームがおもしろそうだから一緒にやろうぜ!なんていきがってたくせに、いざプレイし始めたらずっと僕の隣で腕にしがみついてやんの。
「あほくせ。いいからちゃんと探せよな」
お化けとか幽霊とか、僕はそういう物は信じない。怖いと思うから怖いんであって、この場所も学校も自分ちも、同じ地球上に変わりない。
「んでもうちょっと離れて」
危険物の臭さだけは一向に衰えなかった。


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