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心を失くした天使2
君は…誰?
「また…そのうち来るね」
もう持っていてはいけない合鍵を返した。
玄関先で僕を見送る晃司は、ひとつの仕事を終えたような達成感に満ちた顔をしてる。
「俺と会っても両親との関係が崩れないならいつ来たっていいよ」
「…うん」
本当はもっと一緒にいたかった。でもお母さんと晩ご飯の買い物に行く約束を守る為、僕は早めに晃司の部屋を後にした。
「じゃあね」
「あぁ」
別れは寂しい。でも永遠の別れじゃないから和也の時ほど心は寒くなかった。

そして、僕の人生を左右するような出来事がここから始まっていく。
…思い返してみると…それはやはり悪夢だった。本当なら、幸せで感動的な再会であって欲しかった。そうならなかったのは…2年前から決まっていた運命だったからだろうか…?

家に帰った僕は、玄関に置かれたシューズに首を傾げた。もちろん僕のじゃない。かと言って、僕が留守なのに家の中へ招かれるような親しい友達もいない。
不思議に思いながら中に入ると、居間から話し声が聞こえた。お母さんの声と…聞き覚えのある懐かしい声…。まさか…まさか…まさか!
居間のドアを開け、まず目に飛び込んできたのは、ソファーに座る『彼』の後ろ姿だった。
「陸ちゃん!ほらっ、和也くんよっ!」
お母さんが嬉しそうに言った。その声がやけに遠くに聞こえる。
「…陸斗」
振り返った『彼』は紛れもなく『彼』だった。
「和也…」
何て呆気ない再会…。散々捜して手掛かりの欠片もなかった和也が僕んちの居間にいる。色んな想いが頭の中を駆け巡った。
立ち上がった和也は背も高く、たくましい体つきをしていた。まるで幻を見ているようにフラフラと和也に近づき、それが幻ではない事を確かめる為にしっかりと抱いた。
「和也…和也っ…!」
和也も僕の背中に両手を回し、力強く抱き締めてくれた。
「どうして何も言わずにいなくなっちゃったんだよ…!」
止められない涙が溢れた。
「ごめんな。引っ越しの事は俺も知らなかったんだ…。朝、いきなり退院だって言われて、家に帰ったらそのまま引っ越し屋のトラックに乗せられて…」
「今どこに?」
「〇〇県に住んでるよ」
この街からかなり遠い。
「会いたかったよ、陸斗…」
「俺だって…」
2年振りに見る和也の顔。きっとこんな感じだろうなって予想してた通りに、少し成長して大人っぽい顔だった。
「陸ちゃん、買い物はお母さん行って来るから、和也くんと一緒にいなさい」
「うん」
「今夜は退院祝いよ」
「退院って…今頃?」
「…それも変ね」
お母さんはクスッと笑った。
「とにかくお祝いしましょ?ねっ?」
お母さんがそうはしゃぐのも無理はない。お父さんが帰って来たらきっと同じように盛り上がるだろう。
「陸斗、今夜泊めてくれるか?」
「うん」
一人で僕を訪ねて来たっぽいし、僕んちに泊まるのは当然だ。
「じゃお母さん、ちょっと行ってくるわね」
お母さんはエプロンを外して出掛けて行った。
「…」
和也と二人きりになり、一瞬だけ沈黙を挟んでから見つめ合ってお互いに小さく笑った。
「俺の部屋行こう」
二階へ上がり僕の部屋へ通す。
「変わってないなぁ、陸斗の部屋」
確かにほとんど変わってない。家具もそうだし、本棚のマンガは2年前の物、プレステの電源も2年間で2〜3回しか入れてない。この部屋の時間は止まっていたも同然だった。
ここに遊びに来た時の和也はいつもベッドに腰掛ける。2年振りの今日もそうだった。
改めて向かい合うと意外なくらい言葉が見つからなかった。と言うより、何から話していいのかわからなかった。あの時の事、引っ越してからの事、そして今の事。聞きたい事は山程あるはずなのに。
「おばさん、元気?」
何か的外れな気がしたけど、とりあえず聞いてみた。
「母さんは…死んだよ。事故で」
「えっ!?」
「俺が今世話になってる親戚んちで、階段から転げ落ちてさ。慣れてない造りだから踏み外したんだよ」
そう話す和也の目はすごく冷たかった。初めてそんな目を見た気がする。
「親戚んちにいるんだ…」
「父さんは相変わらず船乗りだし、俺一人じゃそうするしかなくて」
やっぱりそうだ…。目の前にいるのは確かに和也なのに何か違和感がある。例えば、宇宙人が変身して成り代わっているような…。僕が知ってる和也とどこかが違う気がして仕方なかった。
「そうだ、こないだ駅前にいなかった?」
「…駅前なんて行ってないよ」
…何も根拠はない。でも、なぜか僕にはそれが嘘だとハッキリわかった。嘘の内容より、絶対に嘘はつかなかった和也が眉ひとつ動かさず平気で僕に嘘をついた事がショックだった。
「陸斗は…立ち直ったか?」
「え?」
和也から振ってくるとは思ってなかった。
「あの事」
「う、うん…。ずっと引きずってたけど…何とか。親とも気まずくて、あんまり家に帰らなかったけど仲直りした」
「そっか」
「和也は?」
「もう忘れたよ」
そんなはずはないと思う。僕でさえ、晃司の兄貴のあのいやらしい薄ら笑いをハッキリ覚えてる。あれだけ酷い目に遭わされて覚えてないなんて…。強がってるだけならいいけど…もしかしたら今もまだ呪縛は解けていないのかも知れない。
「あの時、和也に怪我させた二人…殺されたんだよ」
もはや新聞やテレビを賑わす大事件だ。
「へぇ」
…それだけ?いつどこで、誰に、とか何も気にならないの?自分に怪我を負わせた二人が殺されたこの街に来てそれだけなんて…。
「それよりさ、みんなどうしてる?弘之とか学とか…竜一とか。俺、誰にも挨拶しないまま引っ越しちゃったからさ」
…やっぱり変だ。事件の事を忘れたにしても、あいつらが殺された事をまるで気にも留めないなんて…。
「でもま、陸斗が元気ならよかったよ」
「…うん。和也も」
「俺は元気だよ。怪我なんてすぐ治ったし、体鍛える為に空手やってんだ」
「…!?」
この瞬間、僕の中ですべてが繋がった。自分から空手の事を話したのは、僕が殺人事件の詳細を知らないと思っての事かも知れない。
駅前で見掛けたのはやっぱり和也で、それは晃司の兄貴を殺す為に戻って来てた。もし空手の腕前が相当なものなら首を折るくらい出来るだろう。
「へ、へぇ、強いの?」
「まぁな。何もしないで空手一筋だったから。今の俺なら、またあんな事があっても陸斗を守ってやれるよ」
空手一筋…。もしも和也に素質というか才能があったとしたら、2年あれば優勝候補にまでなれるのだろうか?
「だからマンガとかゲームとか、何もわかんねーんだよなー」
そういった物への興味さえ持たずただひたすら空手を…?かつての和也はそれなりにマンガもゲームも好きだったのに。
「ドラゴンボールってまだ続いてんの?」
本棚を見て言った。本当にわからないらしい。
それに今気付いたのは、僕に会う為にこの街へ来たという印象があまりにも薄い事だった。どちらかと言うと何かのついでに来たみたいな感じがする。色々話してくるわりに、そのすべてに興味がなさそうだった。さっき聞いた小学校の時の友達の事さえ、何も答えてないのにもう気にしてないみたいだし。
「いつまでいられるの?」
夏休みだしある意味何日でも滞在出来るかも知れない。着替えとかもなく手ぶらで来たっぽいけど。
「明日帰るよ」
あっさりとそう答えた。もっと未練だとか名残惜しさとかがあってもよさそうなもんだと思うけど。
…何か別の目的があるような気がしてならなかった。

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あきゅろす。
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