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心を失くした天使2
世界一のオムレツ
翌朝。僕は晃司の話し声で目が覚めた。外はもう明るいけど、かなり早い時間だと思う。時計を見ると案の定まだ6時半だった。
「まさか…。で、警察は何て?…うん…うん…」
起きてベッドの縁に腰掛け、携帯で話してる。『警察』なんて言葉が出てるし、兄貴の事件の事だろうか。
「とにかく…俺も兄貴もずっとアイツとは会ってなかったから…」
何だろう…?もしかして犯人が見つかったとか?
「うん…わかった。じゃ…」
電話を切った晃司は青冷めていた。どう考えてもいい知らせなわけはない。
「…」
「…どうしたの?」
「陸斗、正直に話してくれよ?」
「うん…」
「本当に和也くんの居場所、知らないんだな?」
「…う、うん」
「…」
和也に関係ある話…?
「あの時、俺と兄貴と…もう一人いたろ?」
「うん」
あの子分みたいなやつだ。ドラえもんで言うなら、ジャイアンに対してのスネ夫って感じの。
「佐藤って言うんだけど…殺されたって…」
「えっ!?」
「家の近くの通りに倒れてて…首の骨が折れてたらしい。しかも…裸にされて体がくの字に曲げられて…その…お尻に木の枝が刺されてたって」
「…それって…」
あの忌まわしい光景が蘇る。裸にされた和也に大の男二人がよってたかって…。
「和也くんが怪我した時と同じ格好だよ」
あの事件に関わった二人…と言うより和也に怪我を負わせた二人が殺された。二人目はこれ以上ないくらい哀れな姿にされて。
「和也が…ってなるよね…」
「…」
晃司は目をそらした。
「でもアイツら、色んな悪い事したんでしょ?だったら恨んでる人だってきっとたくさん…」
「そうでもないんだよ」
言葉を遮られた。
「…どういう事?」
「兄貴とアイツが知り合ったのは、あの事件の頃だった。それでその後すぐ、ムカついてぶん殴ったって言ってた」
「ケンカしたって事?」
「うん…。それ以来会ってなかったと思う。俺も一度も見てないし」
「でもまたつるんでたかも…」
「そうかも知れない。けど本当に付き合いがなかったとしたら…あの二人が絡んでやった悪さなんてたかが知れてると思うんだ」
二人を恨んでる人がいたとしても、かなり限られた人数って事か。
「和也くんの事、知らないんだな?」
念を押され、僕はこの前見た後ろ姿の事を話した。
「でも…和也なら無視するはずないし…多分、別人だと思うけど…」
「そうか…」
府に落ちないのはわかる。でも和也を疑ったって解決するとも思えない。
「後で警察の人が話を聞きに来るらしいから、今日は帰った方がいい」
「うん…」
僕は思わず晃司の腕にしがみついた。
「警察に和也の事…」
「大丈夫、言わないよ」
それを聞いて安心した。疑ってると言っても気になる程度の事みたいだ。

「夜、また来てもいい?」
帰る間際、僕は晃司との別れを惜しんでそう聞いた。
「…今日はまっすぐ家に帰ったら?」
「…でも…」
「きっと叱られるな。無断外泊するような悪い子は」
晃司はそう言って笑った。
「それに、俺じゃなくて両親に何かプレゼントしてみるとかさ」
こないだ怒って帰った時に置いてったマグカップ。晃司は気に入って使ってくれてる。
「偉そうな説教に聞こえるかも知れない。でも…ずっとこのままってわけにもいかないだろう?」
「…うん」
「お父さんもお母さんも、陸斗とどう接していいかわからないだけさ。まずは陸斗があの事件を忘れていくっていう気持ちを見せるといい」
「仲直り…出来るかな…」
「出来るさ。気休めで言うんじゃない。きっと出来る」
晃司は僕にとってただの知り合いじゃない。いつも正しい方へ導いてくれる兄ちゃんのような存在でもある。
「少しずつでいいから心を開いてみなよ」
「…うん」
「それでもダメならまた考えよう」
そうさ、方法はいくらでもある。逃げてばかりで何も試してなかっただけだ。
両親とすれ違ってばかりいるのは正直寂しい。どちらかが何らかの行動に出なきゃいけない。それを両親が何もしてくれなかったって言うのは言い訳でしかないんだ。
「また来るね」
もちろん晃司とも離れたくない。でも今日は晃司の言う通り、自分の家で過ごそうと思った。

具体的なプランなんか何もない。でも、たった一言『ただいま』と言う所から始まる気がする。
今日は土曜だし、両親共仕事は休みだ。昼前のこの時間、きっと家にいる。気が変わらないうちに僕から心の扉を開いてみよう。

家に入り、台所の前を通る。丁度お昼ご飯の最中だった。両親二人だけの食事はすごく質素で、ご飯の他に味噌汁と漬物と、簡単な煮物があるくらいだ。会話もなく静かに食べてる。
「ただいま…」
僕が声を掛けると思ってなかった両親は、揃って僕を見た後、顔を見合わせた。
「あ、あぁ、おかえり」
でも『ただいま』の後、何て言おうか考えてなかった。
「陸ちゃん、ご飯は…?」
お母さんもお母さんなりに何か話さなきゃって考えてるみたいだ。
「…食べる」
僕は台所に入り、何も用意されてない自分の場所に座った。
「じゃ、じゃあ何か作るわね」
いそいそと立ち上がるその姿が、どこか喜んでるように見えた。
「やだ、卵しかない」
最近は冷蔵庫の中も寂しかった。僕が食いしん坊だった頃は色んな物がたくさん詰まってたけど。
「俺…」
「?」
「オムレツがいいな…」
世界一おいしいお母さんのオムレツ…もう丸2年食べてない。
「うんっ」
大好きだったお母さんの笑顔も2年振り…。
小さい頃を思い出す。牛乳と砂糖を絶妙な分量だけ混ぜ、手際よくオムレツを作るお母さんを後ろから眺めてまだかまだかと急かしたっけ。
「お父さん…」
「うん?」
「俺の事…汚いと思う…?」
お母さんは振り向きはしないものの、手を動かしながら話は聞いてるようだ。
「…そんな事思ってない」
お父さんは僕の手に自分の手を重ねた。
でも次の瞬間には顔を歪めた。
「あぁ…いや…あの時はそう思った」
お父さんは懺悔するようにすべてを正直に話そうとしてる。
「お前を風呂場に連れてって、まるで汚れ物みたいにしてしまったな…」
「…」
「お父さん、取り乱しちゃったのよ」
お母さんが擁護する。そんな事言わなくても今なら理解出来るのに。
「お父さんの人生で、一番愚かだったって後悔してる。でも、お前はお父さんとお母さんの大切な子だから…命より大切な一人息子だから、例え何があっても、二度とそんな風に思ったりしない。それだけは信じて欲しい」
「…うん」
「お前に何をしてあげればいいのか…何て言えばいいのかもわからなかった…」
『向き合わなきゃいけない。でも』
すべては僕の独りよがりなひがみだった。向き合いたいのに僕が何を求めてるのか、何て言えば傷つかないのか、それがわからないだけだった。あんな事件、どこにでも転がってるものじゃない。お父さん達にもわからなくて当たり前なのに。
僕の両親だもの、心配してないはずがなかったんだ。
まだ間に合うだろうか…?空白の2年間をこれから取り戻せるだろうか?
「すまなかったな…」
お父さんの手はとても温かかった。
「さ、出来たわよ」
お皿を僕の前に出したお母さんは涙を流していた。
「…おかえり、陸斗。腹いっぱい食え」
お父さんが僕の肩を叩く。僕はふわふわに焼き上がった熱いオムレツを口に入れた。
…すごくおいしかった。そう言えば和也もこのオムレツが大好きだった。
『すっげーうめーっ!これホントに卵焼き?おばさん、まじうまいんだけど!で、おかわりしていい?』
人んちなのに図々しく何回もおかわりしちゃってさ。
もう和也とのあんな日々は戻って来ない…。でも僕はこれからも生きていく。だから…何もかも忘れようと心に決めた…。
懐かしい味と思い出に涙が出る。食べている間、お父さんはずっと僕の背中を撫でていた…。


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