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心を失くした天使2
君に逢いたい
僕達は近くの公園に移動し、あってはならない気まずい組み合わせながらベンチに座った。
「俺は生まれた時から兄貴の奴隷だったよ」
そしてこの人の悲惨な子供時代、複雑な想いを聞いた。
「使いっぱしりは当たり前、気に入らない事があるとわけもなく殴られてさ」
「…親に何とかしてもらえばよかったのに」
「お互いに小さい時は叱ってくれたよ。もちろんその後、告げ口しやがって!ってまた殴られるんだけど。でも兄貴が中学に入ったあたりからもうダメさ。相手が親でも十分逆らえるだけの力があったから」
僕は一人っ子だからそういう経験がない。仲良しの兄弟ならいいけど、そんな兄貴がいたら毎日地獄だと思う。
「殴られて二回骨折してるし、父親でさえもう手出し出来なかった」
そんな悲惨な家庭、想像もつかない。
「わかってくれとは言わないけど、小さい頃から擦り込まれた『絶対服従』っていう潜在意識は簡単には覆せないんだ…」
「…」
「だからあの時も…逆らえなかった」
この人も可哀想な人なんだ…。あの状況でも僕を傷付けないようにしてくれた正しい心があるのに、あんな兄貴がいるばっかりに真っ直ぐ生きる事が出来ずにいる。
「君にも、君の友達にも、本当にすまないと思ってる。俺には、兄貴を止める勇気がなかった」
これは…仕方ないと思うべきなんだろうか…?
「でも、兄貴があれだけの事をしたからには、これですべてが終わると思って…少しホッとしてた」
「?」
「警察に捕まるって思ってたんだ。そうなったら、どういう事情であれ俺も同じ運命だっただろうけど…俺は覚悟してた」
罰を受けるべきと思ってたのは被害者である僕と和也だけじゃなかった。止めようとした人が『敵』の中にもいた。
「でもそうならなかった。した事がした事だけにそんな予感もしてたけど」
「今も…一緒に暮らしてるの?」
「高校を中退して、自動車の整備工場で働いてるけど…女がいるみたいでさ。その女の所に入り浸ってて家には滅多に帰って来ない」
「…」
『よかったね』って言おうとしてやめた。その生い立ちには同情するけど、和也がそれ以上に傷付いたのは事実だ。
「罪滅ぼしってわけじゃないけど、俺に何か出来るなら力になりたいんだ」
「…」
何もかももう遅い。でも僕はすべてを話した。和也が受けた心の傷、その傷を誰も癒してくれず、僕も癒してあげられないまま…いなくなった事も。
「そうだったのか…」
この人はきっと…本当に悩んでる。自分にも責任の一端がある、と。
「冷たい言い方だけど、行方がわからない子の事は俺にはどうしようもない。君が見つけられないのに俺が捜せるはずもないし」
それが現実だ。例えば地球の裏側のブラジルに引っ越したとしても、居場所さえわかれば電話や手紙で連絡が取れる。でもそれがわからないんだから話は進まない。
「だから、君の力になりたいんだ。何か困ってるなら何でも言って欲しい」
「…」
「…俺が言える立場じゃないか…」
ホントはちょっとうれしかった。現実から逃げてばかりの両親は、僕からも逃げるだけで何もしてくれなかった。
「携帯持ってる?」
「ううん」
「そか、一応俺の番号教えとくよ。もし何かあったら電話して」
番号をノートに書き、小さく破って渡してくれた。
「とにかく…君だけでも会えてよかった。ずっと気になってたから」
彼は立ち上がった。僕も合わせて立つ。
「じゃあね」
そして歩いて去って行った。
高校3年生で図書館にいるって事は大学受験するのかな。頭良さそうだし。
でも…電話する事はないような気がする。敵ではなさそうだけど、かと言って味方でもない。下手に関わってまたあの兄貴が出てきても困る。もらったメモは握り潰して無造作にポケットに突っ込んだ。
…いてて…。その時気が付いた。トイレからずっと勃起したままだった。深刻な話をしてたのに何だってんだよ。

家に帰り、会話のない重い雰囲気の中、夜の食事を済ませ僕は部屋に閉じ籠る。
両親とはこの所まともに目も合わせていない。不幸な事件に巻き込まれた僕は、両親にとって『汚れ物』でしかないんだ。
もし、バカな高校生にただ殴られて軽い怪我をしただけなら、きっと両親も僕を慰め、励まし、色んな意味で支えになってくれただろう。例え何であれ被害者には違いないのに…一番身近で、頼りたい両親が何も言ってくれない。何もしてくれない。
和也が僕に『助けて』と泣きついた意味が、今の僕には実感としてよくわかった。

よくテレビドラマなんかで『時間が解決してくれる』とか『いつか忘れられる時が来る』とか言うけど、あんなの嘘っぱちだ。いくら月日が流れても、僕が親友を失った虚しさは決して消えなかった。
この広い世界のどこかで、和也も同じ思いをしてるのだろうか?独りぼっちで、同じ傷を持つ僕を必要としてくれてるだろうか?
もし何もかも忘れて、新しい土地で新しい友達と元気にやってるなら、それはそれでいい。そうだとしたら、例え僕でも嫌な過去を思い出す存在でしかないかも知れない。それなら…悲しいけど、もうこのまま二度と会わない方がいいと思う。
でも僕は…やっぱり逢いたい…。和也に逢いたい…。
もう前みたいに二人笑って遊び回る事は出来ないだろう。それでもいい。僕はただ、和也の手を握ってあげたいんだ。
…違う…和也に手を握ってもらいたいと願ってるんだ。
毎晩そんな事を考えながら布団にくるまって眠った…。

そんな悶々とした生活がひたすら続いた。友達らしい友達もいない僕は、普通の子供がハマるような遊びも知らないまま、長い一日を同じ事の繰り返しで過ごした。
でも僕はやがて誰にも言えない秘密を増やしてしまう。認めたくなかったけど…僕はあの人に惹かれていた…。


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あきゅろす。
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