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心を失くした天使2
大切な友達
かつて私には、親友と呼べる友達がいた。

彼を失ってどれくらい経つだろうか…?

名前は遠藤和也。小学校に入った頃からの友達だった。
毎日毎日、遊び過ぎて服を泥だらけにして帰り、母もまた毎日毎日『まったくもー!』と口癖のように言っていたものだ。でもそんな汚れた服を脱ぎ捨て、父と一緒に風呂に入るのが最高に気持ちよかった。泥と汗を流して湯船に浸かる時、父は時々言った。
「服なんかいくら汚したっていいさ。和也くんは明るくて元気で素直でとてもいい子だ。そういう友達がいるのは素晴らしい事だからな」
と。
私はまだ幼かったが、その言葉の意味は十分理解していた。友達こそ、大切な宝物なのだという事を。

和也は小学校入学と同時に、母親の仕事の関係で他所から引っ越してきた。入学式当日、保育園時代からの顔馴染みばかりの中で、一人浮いていたのを今も覚えてる。
それからもしばらくは周りに馴染めず、給食や休み時間もいつもポツンと一人だった。
寂しそうに俯きながらトボトボと一人で下校する彼に
「一緒に帰ろうよ」
と声を掛けたのは私だった。知り合いがいない中、ひとりぼっちはつまんないだろうな、寂しいだろうな。自分だったら誰かが声を掛けてくれるのを願うだろうな。そう思っての事だった。
振り向いた和也は少し驚いたように私を見て、すぐに弾けるような笑顔で
「うんっ」
と嬉しそうに頷いた。
私を通じて次第に他のクラスメートとも打ち解けていき、本来持ち合わせていた明るい性格もあってすぐに人気者となった。
和也はとても気が合うやつで、登下校の時も、遊ぶ時も、イタズラして先生に叱られる時さえもいつも一緒だった。
正義感が強く、誰とでも垣根なく接し、友達想いで決して嘘はつかない。そんなやつだった。
4年生の時、クラスメートの女子が6年生の悪ガキに泣かされた挙句、ランドセルに付けていたキャラクター物のストラップを奪われたと聞いた和也は、ほとんど逆上した状態で単独その悪ガキの教室に乗り込み、大喧嘩の末にそのストラップを取り返してきた。
鼻血を出し、シャツの一部が破れていたにも関わらず
「ほらっ」
と笑顔で女子にストラップを差し出した。怪我を心配するクラスメートやその女子にも
「どって事ないよ」
と手の甲で鼻血を拭い、恩着せがましさのかけらも見せる事はなかった。
放課後、双方の親を交えた話し合いにまで発展するちょっとした問題にはなったが、そもそも相手の6年生が悪い事、暴力はよくないが、と前置きしつつも自分の息子の正義を真っ直ぐに訴える母親の主張、そしてクラスメート達の支持で、和也は全面的に『無罪放免』となった。
やがてその6年生からも『根性あるやつ』と一目置かれるようにもなっていった。
その出来事から、怒ると怖いやつだけど、真っ直ぐな性格の誰もが認めるリーダーとなっていったのは必然だったろう。
当然、女子からの支持率も高かった。今時の子供のように告白するだの付き合うだのといったマセた発想には乏しい時代だった為、特定のガールフレンドがいたわけではないが、和也に恋心を寄せる女子はそれなりにいたと思う。

和也の父親は外洋航路の船乗りでほとんど家にいない人だった。二度程会った事があるけど、顔も和也そっくりで船乗りというイメージ通り、とてもたくましく力強そうな人だった。すごくかっこいいお父さんだと思ったのを覚えてる。
母親は私達が通っていたのとは別の小学校の教師をしていて、礼儀にはうるさかったらしいが、美人だしハキハキとした人だった。和也の家に遊びに行った時に『こんにちは』の挨拶が小さい声だと、お尻をペチンと叩かれ
「もっと元気よく!」
とニッコリ笑って大きな声で挨拶を返してくる明るい人だった。

和也も私を親友と思ってたはずだ。お友達は『くん』『ちゃん』を付けて呼びましょう、というような風潮があったが、私は初めて一緒に下校したあの日からほんの数日で『和也』と呼んでいる。
和也もやがて私を『陸斗』と呼んでいたし、それが当たり前だと思っていた。

何年生の時だったか…『将来の夢』を題材にした作文を発表した時、和也は街の人達の為になる警察官になりたい、と言っていた。異論を持つ者など一人もいなかった。むしろそれしかないと思えるくらい和也にピッタリだと思った。
授業の後で
「あぁ言っておけばウケがいいじゃん」
と照れ笑いしていたが、実は本当に警察官になりたいと思っていた事を私だけは知っていた。単純に当時の刑事ドラマに出てくるような格好のいい警察官に憧れる所から始まった幼い夢だが、世間で起きる悪質な事件や事故のニュースに心を痛める和也には天職だったかも知れない。
今となってはもう知る由もないけれど…。

少しだけ泥に汚れた野球帽をいつも後ろ向きに被り、誰よりも遅くまで毎日を楽しんでいた和也。
毎日一歩ずつ大人になっていく事を楽しんでいた和也。
大人になると今よりもっと素晴らしい事が待っていると信じていた和也。
それは警察官になる夢とは別に、まだ見ぬ未来の自分に早く会う事を夢見ているようだった。

私はそんな和也に憧れていたのかも知れない。対等に付き合える友達でありながら、気付けばいつも和也の後を追っていたように思う。
だから中学生になっても高校生になっても、もちろん大人になっても私達は親友でいられたはずだった。
だが私達の関係は、小学6年生の夏に終わった。いや、終わらされたと言ってもいい。
忘れもしない、ギラギラに暑い午後。誰もいないあの森の中での忌まわしい出来事…。
悪夢としか言いようのない恐怖と苦痛。私達は深く傷つき、お互いを励ます事も慰める事も出来なかった。もちろん何もなかったように振る舞える程、私達は器用じゃなかった。
人の運命はほんの些細な事で天国へも地獄へも向かう。あの日あの時、ああしなければと後悔しても遅いんだ。
…それでも…こう思わずにはいられない。もしあの日、あんな忌まわしい事が起きなければ、私と和也は仲良く同じ中学に通い、同じ部活をして楽しい事も嫌な事も共有出来る親友でいられたんじゃないかと…。
そして大人になり、自分の家庭を持った今も、時に酒を交わし、時に仕事の愚痴を聞いてもらったりしていたのではないかと…。

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