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1.
―愛してるとも、好きだとも言えなかった。


ゆったりとした時間の流れる静かなカフェ。

机に置かれたコーヒーの黒さに目を細め、くたびれてしまった茶色い表紙の本を開いていると、微かに椅子をひく音が耳に入った。

「久しぶりだね」

懐かしい声にふと、顔をあげると椅子に腰掛けたあいつと目が合う。
以前と全く変わらない、少し、寂しそうな、嬉しいような表情で微笑んだあいつの目……。

読んでいた本を閉じてあいつを見つめた。

「久しぶり」

……本当に短い、僅かな沈黙。

お互いに口を開かず、静かに見つめた。
沈黙を最初に破ったのは、あいつだった……。

瞳を、一度だけ伏せてから口を開いた。

「……仕事、忙しいらしいね」

「……ン。相変わらず、な」

「………あまり寝てない、って聞いた……大丈夫?」

「大丈夫だよ。気にするな」

「……そう、だよね」

少し寂しげに、瞳を伏せるあいつに、つい、口を開こうとして思いとどまった。

……言えない。

って、俺はガキか。

自分で呼び出しておいて、何も言い出せない俺に、何の用か。と聞かないあいつも、あいつらしい。


だけど、なんとも言えない気まずさと、俺との会話で傷ついた顔をするあいつに言いたいことも言えない自分に苛立って軽く舌打ちをする。

下を向いて小さくなったあいつに、なんて声をかけようか、と考えていると、カタンと机に水の入ったコップが置かれた。

ウェーターが『ご注文は?』と訊くと下を向いていたあいつは急いで顔をあげて、ミルクティーを頼んだ。

そんな、ひとつひとつの仕種に胸が締め付けられるような気がして、未練がましいな、と苦笑をこぼした俺をじっと見て、あいつが小首をかしげた。

「どうかした?」

「いや、……なんか、懐かしいなと思ってさ」

「……」

「ミルクティーか……。いつもそれ頼むよな。おまえ」

「だ、か、ら?」

「だから、変わってないなと、思っただけだよ」

つい、笑みがこぼれた俺をあきれたような、とまどうような風に、顔を赤くしていじけたように、目線をそらした。

「酷い。いじめないでよ」

「あぁ、ごめん」

くしゃりとあいつの頭をなでる。

この感触も懐かしい……。

そう思えるのも、時間の所為なのか、俺が大人になってきたのか。


……ただ、酷く穏やかな時間が愛おしく感じることが出来るようになったのは事実だった。

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