日常に潜む鬼(鬼灯) 鬼ごっこはきらい。 だって追われるのはこわいもの。 小さな声で囁くように呟いたさくらちゃんに、私はそうだね。と頷いた。 怖くないよ、私がさくらちゃんと一緒にいてあげるからと抱っこして言うとさくらちゃんは安心したのかやっと笑ってくれた。 「あのね、なつみせんせい」 「なぁに?」 「ほんとうの鬼さんに捕まったらどうなるのかな?」 「本当の鬼さん?」 再び不安そうに揺れる瞳に、私が返しに困っていると、、、 「鬼なんていませんよ」 「加々知さん?」 他の企業から研修で来ている加々知さんは子供たちが泣いて逃げ出すような凶悪な面構えをしていながらもなんだかんだで子供たちに人気のある先生だ。 いつもなら自分からこんな風に子供たちに絡まない人だけど珍しい。 私がそんな表情をしていると加々知さんはちらっと私に視線を向けた。 「そうですよね、なつみ先生?」 その視線の意図に気付いてそうだよさくらちゃん!鬼なんていないよ!と元気よく答えるとさくらちゃんはまだ納得いかない風に私と加々知さんを見比べていたが、加々知さんが「そんなに不安にならなくても、私が守ってあげますよ」と言うので嬉しく思ったのか加々知さんに約束を誓わせるとさくらちゃんは他の園児たちに混じってやっと鬼ごっこを始めた。 「加々知先生、ありがとうございます」 あとちょっとでさくらちゃんを泣かしちゃうところでした、と笑ってお礼を言えば加々知さんは表情を変えず「礼には及びませんよ」と言った。 「なつみさんは、鬼はいると思いますか?」 「え、うーん。見たことがないですからいるとも。でも見たことがないからいないっていっちゃうのはそれが何であれ寂しいので、どちらでも。いたらいたで怖いですから」 バリバリ頭から食べられちゃうでしょう?と戯けて返すと、加々知さんは少し考える素振りを見せて首を横に振った。 「私は貴女を頭から食べたりしませんよ」 「ふふ、加々知さん、少食っぽいですもんね」 「いえ、私は肉食系です」 何か噛み合っていないやり取りが楽しい。 そうですか肉食ですか、と笑って言うとふと視界に入った影に違和感を感じた。 (あれ、加々知さんの影、額に何か角みたいな、、) きゃー!鬼がきたー! さっきまでハッキリ聞こえていた子供たちの声がまるで膜を張ったようにボンヤリとする。 「私が鬼だとしたら、どうしますか?」 ボンヤリと聞こえていた声が途切れて、側の加々知さんの声だけがやけにクリアに聞こえた。 「加々知さ・・・」 「私は鬼です」 そう告げる加々知さんの額には角が生えていた。 「私にとって、貴女を喰らうことも浚うことも簡単ですが、気長に待つことにしますよ」 忘れないで下さい、貴女は私のモノです、 「なつみせんせい?どうしたの?」 「あ、え、さくらちゃん?やだ、先生暑くてボーッとしてたみたい!さぁ、みんな!そろそろ時間なるから中に入りましょーね!」 ぼんやりする頭を振って意識をハッキリさせる。 「かがちせんせい、一緒に入ろ?」 「えぇ、でもその前にキチンと手洗いうがいをしなさい。さもないと最終兵器(リーサルウェポン)の刑ですよ」 他の園児たちを相手をする加々知さんを見ると、暑いのに背筋がひんやりするのは何故だろう。 それにぼんやりしていた時に白昼夢みたいなものを見ていた気がする。 「せんせい、なつみせんせいは本物の鬼さんいると思う?」 「そんなのいねーよ!サンタも鬼もとーちゃんなんだぜ?」 「たっくんには聞いてないもん!」 「もう、喧嘩しないの」 喧嘩を始めたさくらちゃんとたっくんを宥めながら私はなんとなく鬼はいるかもしれないと思った。 案外近くに、ね。 . [*前へ] |