めぐりめぐって 思いやりは大事です うちはオビト改めトビと自己紹介をしたすぐ後。 今私は、彼ととある交渉をしていた。 まあ交渉と言うほど大それたものではないし、私がビビっていて押され気味なんだけど。 内容はというと、うちの家族に彼の説明をどうするかだった。 トビは自分で説明したかったのかもしれないが、そうされると私が困るのである。 「私が家族に説明しますから、トビさんは休んでてください」 「……何故だ?」 理由を求めてくる彼に、私は答え倦ねた。 私の家族、父さん、母さん、兄さんのうちNARUTOを知っているのは母さんと兄さんだ。父さんは漫画とかアニメに興味を持たない人だから、多分知らない。 母さんもNARUTOのアニメを見ている私と時折見ていた程度。ほとんど知らないといって良い。多分トビを見たって「ああ、なんかこんな敵キャラいたな」くらいの認識だろう。 しかし、問題は兄さんだ。 兄さんは私と同じくらいNARUTOを読んでるし、トビの正体ももうネットで知っている。 つまり兄さんに突然トビを見せたりすれば、驚きでぽろっとNARUTOについて漏らしてしまうかもしれない。 それは結構、いや、本当に不味い。皆殺しルート……は飛躍しすぎでも、尋問必須なのは間違いなしだろう。 だから前もってNARUTOを知らないふりをするよう話しておきたい。ほぼ知らないと言ってもいい母さんや父さんにも、トビの人柄を説明して刺激しないよう忠告したい。 そう思っているんだ、けど……当然トビに正直に話すわけにはいかない。 「母さんたちも、流石にいきなりトビさんを見ればパニックを起こします。知らない人が家に居るわけですから。 それでは効率悪いですし、なんとか私が落ち着いてトビさんと話せる状況にします」 ダメでしょうか? と内心の怯えをひた隠しにしながら冷静に訊ねる。 うん、急造の嘘にしては中々の出来だ。やっぱり火事場の馬鹿力って凄いんだな。これからは柔軟性とかコミュ力の時代だもんな。 変なことに感心しつつトビの出方を待つ。こういえば彼とて、納得せざるを得ないだろう。 「……いや、良い。そうしろ」 「は、はい。ありがとうございます」 なんでイチイチ高圧的なんですかねぇ? しかも私もなんで礼を言っているんだ。 これ、私は礼を言われる立場だと思うんだが……いやまあ、こいつから礼なんて言われたくもないけど。 不甲斐ない自分に嘆息する。 そして、会話の余韻すら押し潰すほどの沈黙が訪れた。 ………………どうしよう、洒落にならないレベルで空気が重い。 いやいやいや勘弁してほしい、苗字さんってばヒッキーを極めた喪女だよ? コミュ力とかそんなものは皆無なんだよ? 今の私では友達と会話することでさえ緊張するのにどうやって初対面で殺しにかかる男と会話しろと? 何気なくトビを見上げてみれば、さっきみたいにふらついているのが目に入った。 やはり強気で振舞っていても調子が悪いことを隠せられてない。かなり苦しいことが素人目にも見てとれる。 そんなに私が信用できないのか? こんなガキの前で休むことさえ、こいつにしてみれば警戒すべき行為なのか? いやもちろんこんな奴に信用されたいなんて思わないし思いたくもないけどああもうこれはそういう問題じゃなくって。 ジリジリと焦燥するような何かを感じる。 どうしてか、拳を固く握ってしまうほどには悔しかった。 そりゃ彼からしたらこんな状況は不本意で、警戒を怠るわけにはいかないだろう。 だけど辛いことを我慢してたら、後から溜まった分がどっと押し寄せてくる。そんな損しかしないことをするなんてバカのすることだ。 無意味に腹が立ってきた。それが何に対してかは分からないけど、自分がするべきことはちゃんと理解できた。 その結果彼が嫌がろうが怒ろうが、私は止めたりしない。 立ち上がって、トビに向き直った。 ただ、また幻術とかされたら困るから目は合わせてないけども。 「あの、トビさん。休んでくれませんか? 座ってでも寝てでもいいのでお願いします」 「……何故頼む? 別に貴様に不都合はないだろう」 「えっ、いや、そりゃないですけど……いえ、あります」 自信満々、というわけではないが少し恐怖心を捨ててトビに反論する。 不都合といえばあるに決まっている。 理由(という名の後付け)を説明するべく、私は若干捲し立てるような勢いで語った。 「そんなに具合が悪そうなのに、元の世界に帰る手立てを見つけるなんて、とてもじゃないけどできません……と思います。私としては早くトビさんに帰ってほしいので、それじゃ困るんです」 「……」 穏やかな言葉に少しの本音を混ぜれば、ちゃんと本心らしくなるだろう。うん、こいつへの苛立ちとか嫌悪云々は隠しきれた。 私の言葉に黙り込む彼に、追い討ちをかけるように理由を上げる。 「体調を良くしないと、元の世界に帰るための手がかりを探せないです。ですから、その、休んでくれたら嬉しいなあ……みたいな感じです」 最後はどもってしまって格好がつかなくなってしまった。畜生、私ってホント使えねえ。 それでも言いたいことは言えたんだし、まあ、良しとしよう。 「……」 しかし、トビはうんともすんとも言ってくれないのでやや不安になってくる。 おーい、黙ってるのは何でだ。すっごく怖いから止めて頂きたい。貴方の先輩みたいにうんうん言ってくれよ今だけでも。 怒ったのかとハラハラしてしまう。この程度で怒るとか怒りの沸点低すぎるしそれはないか。 だとしたらどうして答えてくれないのか。そんなに私を無視したいのかああ悔しい。 どうしよう、と半ば本気で泣きそうになっていると。 「……そうだな。では、少し眠らせてもらう」 よく通る低い声が、私の耳に入ってきた。 …………え、マジか。 まさか寝てくれるとはなー。うん、嬉しいんだけど、それ以上に驚きの度合いが強い。 しかし彼に対して無反応というのはアレなので、身体から抜けそうになった平常心をすぐに持ち直す。 引きつらないように気を付けて、薄く微笑みかける。かなり胡散臭く感じる表情だろうが気にしてられない。 「良かったです。私、この部屋を一旦出ますからご自由にくつろいでください。あ、飲み物は机の上に置いといたのでどうぞ」 明るい声調の私と対照的にトビはあからさまに沈んだ様子を見せた。 ただでさえ陰気だというのに、トビはさらに暗いウンザリとした声を出す。 「……他に部屋はないのか」 「あるにはあるんですけど、そこは部屋が汚いんで……逆に具合が悪くなると思います、本当に」 当たり前というべきか、トビは私の部屋は嫌がった。 当然ながら私も嫌だった。誰が好き好んでこんな怪しいお面野郎にベッドを借したりするか。昨日干したてのふかふか布団だぞこんちくしょう。 だけど仕方がないだろう。私の家族はあまり掃除をしない人たちだし、自分の部屋以外の掃除なんて以ての外だ。 客人用の部屋なんてずっと使ってないから、当然掃除はされていない。PM2.5あるんじゃねーのと突っ込みたいくらい汚い。 不本意だけど彼を説得するために、私は懸命に説得した。 「客人用の部屋は掃除してないんです。入ったら咳が止まらなくなるレベルなんです。本当に止めた方が良いです。寿命が縮みます」 「…………分かった」 不承不承と言うことわざを体現したような声で、彼は了承してくれた。 多分私が真摯に言ったからだろう。 自分でも分かるくらいに、今までで一番真面目な顔をしていたんだから。 ────────── 当分シリアスで進める筈なのにギャグ気味になるの駄目ですね [*前へ][次へ#] |