水仙を君に
『沢田、後で僕の部屋においで』
もうじきミルフィオーレのアジトに奇襲をかけるというXデーが迫ってきたこの日、雲雀さんはいつもの特訓を終えた後、汗だくで息も切らす俺とは対称的に涼しい顔でそう言葉を残した。
「呼び出しなんて…なんか怖いな」
特訓後に言葉を交わすことなんて極稀で(死ぬ気じゃない俺には興味がないみたい)、俺が居た時代からの馴れ合い嫌い、そしてその時の彼からよくテリトリーである応接室に呼び出されていた記憶が重なって、雲雀さんの元へ近づく度俺の足を重くさせる。
「何か、ダメ出し、かな……いや、それならわざわざ呼び出さないかな…う〜」
十年前のヒバリさんも気まぐれで、何を考えているのかイマイチ掴めない人だった。
けれどここの雲雀さんは、もっと分からない。
確かに大人びてて、子供っぽさが抜けて十年の成長を感じるんだけど…なんて言うか、感情を圧し殺しているように見えるから。
だからなんだか少し怖い。
「でも優しさも感じるんだ、よな…」
これも間違いではないと思う。
大人の余裕なんだろうか(俺にはそう見える)、物腰が柔らかくなったようにも思えるんだ。
この違和感はなんだろう。
「あ。着いちゃった…」
出来るだけゆっくり来るつもりが、考え事をしていたせいで逆に時間の経過が早くなってしまった。
どうしよう、すごく入りたくない……
昔から変わらず最強である彼の部屋を前に、しばし途方に暮れる。
「逃げたら、やっぱり咬み殺されるかなー…」
想像してしまって、恐怖に身震いする。
「でも、大事な話かもしれないんだよな」
だって何回も言うけどあの群れを嫌う雲雀さんの呼び出しだし。
「……よしっ」
パン、と両頬を手で叩いて顔を引き締めると同時に気合いを入れ、俺は意を決してスライド式の扉に手を掛けた。
*****
「わぁ」
自然と感嘆の声が洩れた。
扉を開けると少し向こうに、今度は古い日本家屋を思わせる戸があって、それに続く一面の砂利の中の丸い飛び石を踏んで進むと、(それらしい棚も横に設置してあるし玄関の役割だろうか)手前に石段が置かれ、今までより一段高い位置に二畳の畳が敷かれていた。
俺はその石段で靴を脱ぎ、横の棚に収めた。ふと気づくと、棚には黄色の水仙が飾ってある。
「も一回気合い入れとこう」
明かに違う雰囲気を出す戸を前に、俺は今度は頭を振って気合いを入れた。
「失礼しまーす……」
けれど…折角入れた気合いは戸を開けると共に一瞬で崩れてしまった。
障子、畳、和紙で作られた間接照明から薄く洩れる光、掛け軸と花(また水仙)が飾られた床の間……
そして黒装束に身を包んだ雲雀さん。
雲雀さんは床の間の前で正座をし、両の手を互いの袖に差し込んで、瞑想するかの様に目を瞑っていた。
どうしてか…この部屋に自然過ぎる雲雀さんの存在感に圧倒されてしまったのか、俺は見とれる様にしばらく動けなかった。
その間は、雲雀さんも微動だにしなかった。
*****
どれぐらい経っただろう、一瞬だったかもしれないしとても長い時間そうしていたかもしれない、俺はきっかけなく我に帰った。
「―――ひばりさ……」
いけない、雲雀さん、用事があるんじゃなかったろうか。
そう思って慌て歩み寄ろうと名を呼び掛けた瞬間だった。
バキィッ!!
ドカッ
小気味悪い音が極近くで聞こえたかと思うと、視界が真っ白になって体が宙を舞った。
直ぐに落下の衝撃がやって来て、その酷さにヒュッと喉が鳴った。
「……………っ!!」
次いで全身に鈍い痛みが走って、顔を歪める。しばらく呼吸が出来ない。
「……か…はっ、げほごほっ!うぐっ」
ようやく息を吐き出すと渇いた喉に空気が滲みて咳をし、その衝撃にまた顔をしかめる。
そういう事を何回か繰り返した後、俺はやっとのことで痛みが集中している頬を殴られ、衝撃に飛んで打ち付けたのが背中だと言うことだけ理解した。
……殴られ、た?
なんで?誰に?
間接照明がユラユラと揺れている。
パニックになるのを必死で抑えようとする俺への僅かな光が、遮られた。
感じる黒い影。
目線を今より先に送ると、白い足袋が見えた。少しずつ上げていく。
黒装束に、漆黒の髪……
「…ひ…ばりさ……!?」
助けを呼ぶように名前を呟くが、相手と目が合って、嫌でも分かってしまった。
冷たい、絶対零度の視線。
《雲雀さんが、俺を殴った…!》
「……なん………」
気付いた途端に余計にパニックになってしまって、訳が分からなくなった。
殴った、雲雀さんが、どうして。そればかりが頭の中をぐるぐる回る。
呼吸が苦しい。
なのに目が離せない。
「……………」
「っ!!」
ゆら、と雲雀さんが動いた。
殴られる、そう思った俺は反射でギュッと目を瞑って歯を食いしばる。
「……?」
けれど感じた衝撃は全く違ったものだった。
なんだか……くすぐったい。
「綱吉…」
「え?」
呼ばれた名にハッとして目を開けると、目の前に黒いサラサラの髪。
どうやら俺は雲雀さんの腕に抱きすくめられていた。
「…あの」
「綱吉、」
「つなよし、つなよし…」
雲雀さんは呼ぶ、『綱吉』と。
俺じゃなくて、この時代の俺を呼んでるんだ。
そう気付くとキュウと胸が苦しくなった。
「綱吉」
「雲雀さん」
この人を呼ぶ俺の声は掠れていて弱々しいけれど、何故だか雲雀さんが俺を呼ぶ声の方がずっと、消えてしまいそうだ。
泣いているのかと、俺は思った。
「つなよし」
「……恭弥、さん……?」
同じように下の名で呼ぶと、雲雀さんはビクリと肩を揺らして反応した。
うわ言の様に繰り返す雲雀さんに、俺の声なんて届かないんじゃないか、ちらとそう思ったからホッとする。
「恭弥、さん」
「……………」
俺は彼の広い背中に手を回して、スッと撫でる。抱えるものが軽くなるように思いを込めて、上から下へをゆっくり繰り返す。
「恭弥さん、あなたの望む俺じゃなくて、ごめんなさい」
「!」
黒髪が揺れて、伏せていた顔を上げたのが分かった。
俺は言葉を選んで続ける。
「でも。この時代の俺は、もう…居ないから」
「………嫌いだよ」
「え?」
ぽつり、と何かに反応する様に雲雀さんは洩らした。
「この時代の君は、僕の言うことなんて聞かなかった。…強情な子で、嫌い」
雲雀さんの腕に力がこもる。
「……っ」
「…今の君は、まだまだ弱い。草食動物のままだ」
「……………」
「だから、咬み殺したくなった」
「…?!」
ギュウッと締め付けられて、思わず雲雀さんの服を強く引っ張ると、直ぐに力は弛められた。
「…なんてね」
冗談、では済まない力加減だったので笑えない。さっきのパンチも割りと本気だった筈だ。
「綱吉、会いたかったよ」
それなのに、頭をギュッと抱かれて鼓動が跳ねる。
…ずるい。飴とムチみたいだ。
殴られた頬に打ち付けた背中がジンジン痛むのに、同じ相手に抱きしめられただけでドキドキしてるなんてなんだか悔しくて、俺はふいと横を向いた。
「こら、髪がくすぐったいよ」
たしなめる声にすらドキドキしてしまう。そもそも相手は男なのに…俺はおかしくなったんだろうか。
きっとそうだ、雲雀さんが殴るから、その癖名前で呼んだり、抱きしめたりするから悪いんだ。
「綱吉」
また名が呼ばれる。応える様に、ポンポンと背中を叩いた。
「恭弥さん。俺、弱いけど…強くなります」
視界に黄色い水仙が見える。
「未来の俺を、助けます」
また少しだけ雲雀さんの腕に力が入った。
「だからもう…泣かないで」
自然に出た言葉に、否定するかと思った雲雀さんは答えてくれた。
「……うん」
*****
次の日、雲雀さんはいつも通りだった。いつも通りに厳しくて、いつも通りに無口で。
ただいつもと違ったのは、特訓内容。
連日ハードな特訓をしているに関わらずさほど進歩のない俺を見かねてか、雲雀さんがボックス兵器のハリネズミに俺を閉じ込めるというかなりの荒業に出たのだ。
死ぬ気の炎でも壊せない強固さ、密閉されていることによる酸欠…俺の体力は炎を出すために通常より早く消耗した。
でもだからこそ、歴代ボスから新たな力を授かる事が出来た。
勿論前日の出来事も影響していただろう。
ボックスを破壊し、俺は倒れ込む。酷い疲労感だ。
ふっと気配を感じて目だけで確認すると、雲雀さんが立っていた。
「上出来だよ、綱吉」
その言葉を聞いて安心してしまって、俺は意識を弛めてそのまま眠りについた。
…………………
『水仙の花言葉か?』
その時、俺は昼間の出来事を夢に見ていた。
『うん、黄色い水仙』
昨日雲雀さんの部屋で見てから、これも直感だろうか…どうも気になっていたから、赤ん坊でありながら博士と呼ばれる程の頭脳を持つ家庭教師、リボーンに聞いていた。
『水仙の花言葉は自己愛、だぞ』
『じ、自己愛?』
なんて雲雀さんらしい…。
苦笑すると、それとな、とリボーンはニヤリと笑って続けた。
『黄色の水仙にはもう一つある』
このリボーンは俺の腫れ上がった頬を見たときにも、『アイツもまだまだ甘いな』などとニヒルに笑っていたから、きっと全てお見通しに違いない。
…………………
瞬間、警報が鳴り響いて、ハッと目を開けた。
ドッドッと鼓動が激しい。
超直感が、身の危機を告げている。
早すぎる…けれどとうとう、決戦、かもしれない。
俺は、守らなければいけない、大事なものを。
守れるかな?
…いや、守ってみせる。
だから、雲雀さん。
俺も必ず、生き延びるから。
水仙はもう、飾らなくて良いですよ。
水仙の花言葉『もう一度愛して』
end*
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