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A smile in the sorrow



お前の時々見せる無邪気な笑顔、俺、好きだったよ。
ねぇ骸、もう一度見せてよ。




















A smile in the sorrow




















逃げ出したい衝動と一刻も早く収束をつけたい理性とで視界がぼやけそうになる。
倒れていたり、泣き叫び逃げ惑う人々。上がる悲鳴、飛び交う銃弾、焼け落ちていく建物。
悲惨。その一言に尽きた。
発端は一人の子供だった。

ある町で潜伏していた目標を見付けた俺達だが、先手を打つのを躊躇っていた。
警備が行き届いたボンゴレの敷地に突入する為の立て直し、待機場所とされてしまったのだろうその町は、ボンゴレ本部の南側に広がる素朴な町。
町に入った瞬間骸が異変を感じた為幻術をかけた上で様子を窺った所、俺達がこれ程早く追い付くとは思わなかったのだろう、町全域に幻術をかけてはいるものの大量の敵ファミリーが待機していたのだ。

「ここで叩けば町に被害が及ぶ…」

オープンカフェから敵のボスを見張りながら考えを巡らす。
サッカーボールを蹴りながら走る子供が目に入った。やはり、町民達は気付いていない。奴らに気付かれずに全員を逃がすのはまず無理だ。

「ここは本部で待ち構えるべきでしょう」

骸の提案に頷きウッドチェアから腰を上げた時だった。
子供が、ボールを強く蹴りすぎ、あろう事か俺達が見張っていたボスに直撃したのだ。
瞬間ゾワリと悪寒が駆け巡る。超直感が警告する。
ダメだ、行けば死炎で幻術が解けてばれる、でも、子供が。
しかし身体が勝手に動いた。骸が止めようとしたのが視界の端に映った。

ドンッ!

平和だった町に銃声が一つ響いた。耳慣れぬ爆発音に一瞬にして辺りは静まり返る。

「うわぁぁぁん!」

子供が、俺の腕の中で泣いた。と同時、

「貴様、ドン・ボンゴレ?!」

俺は奴らに認識された。
その瞬間から、町は戦場と化してしまったのだ。

俺のせいで俺のせいで俺のせいで。
敵は増え続け、騒ぎを聞き付けた味方のファミリー達も合流して来ている。状況は悪化するばかりだ。

「綱吉君、ボスを倒しましょう。」

背中合わせで態勢を立て直している間、骸が提案してきた。骸は息が少し上がっている程度、俺と違って動揺など見られない。

「……ああ」

頷くと後ろからため息。

「…嘆くのは後です。しっかりしなさい。…この場は僕が引き受けますからその間に君はボスを」

強い調子でそう言われて、俺はこの戦いを早急に終わらせる事だけを考える事にした。これ以上被害が増える事は許されない。

「分かった、頼んだぞ」

「ええ、お受けします」

骸が違った幻術を素早く入れ替え展開させる事で幻覚汚染を発症させている間に、俺はあの後真っ先に逃げた敵のボスを探す為離脱する。長時間は骸にも負担が掛かるから出来るだけ急がなければ。
超直感の知らせに従って町を駆け、辿り着いた先は廃校舎。

「こんな所で何をするつもりだ…?」

ただ隠れているだけにしては、やけに超直感が騒ぐ。気を付けて進まなければと意識を集中させ、一歩校舎に踏み入れば廊下に響く子供の笑い声。…成る程、側に術者も居る様だ。

「俺を罠にかける気か」

構わず歩を進めれば廊下の向こう側から子供の笑い声が近付いて来る。

(幻術…)

やはり死ぬ気の炎を練り込んでいるのか看破しても声は消えない。どころか体まで見えてきた。
そして姿が明確になるにつれどこか見覚えのある子供達。やがてそれが小学生ぐらいの俺と山本、獄寺君だと気付く頃に彼等は教室へと消えていく。

「……!」

通り過ぎる瞬間視界に映り込んできた教室内には倒れ伏す山本と獄寺君。愕然と座り込んだままの子供の俺がこう呟く。

『俺が弱いから守りきれなかった』

(…っ、幻術!)

グローブを向け教室に炎を噴射させると彼等は静かに溶けていった。
しかし直ぐにまた新たな声。今度はランボとイーピンだ。喧嘩しながら走って来て、その後から京子ちゃんとハルが追い掛けてくる。それ以上見たくなくてグローブを向けると、炎が掛かる前の一瞬4人はとても怯えた顔を俺に向けた。

(何で京子ちゃんやハルまで…!)

次に現れたのは了平さん。表情のない顔で俺の横を通り過ぎて、持っていたボクシンググローブをボトリと落とすと京子ちゃん達が居た教室に入って行く。ただそれだけで勝手に消えた。

(……っ)

思わず走り出した俺の前方にたなびく学ラン。トンファーを何かに打ち付けている。直ぐさま焼き払うが彼はまたすぐ現れる。何度繰り返しても同じ。そして何度目か、振り返った雲雀さんが殴り付けていたのは俺だった。俺はこちらを向くと血が滲む唇を引き攣らせて笑った。

(幻術!!)

過剰な炎圧でそれを焼き払うと、胃がひっくり返る様な吐き気に襲われる。幻術だと分かっているのに、掛かってしまっているんだ。それでも胸元をギュッと押さえ付ける事で堪えまた走り出す。ボスの元へは確実に近付いてるんだ。ここで引き返す訳には…

『……て』

「!」

だが直接鼓膜を揺する様な声にギクリとして思わず立ち止まる。
抱えた膝に顔を埋めて蹲る子供。その子供の元に近付く白衣を着た大人。見たくもなかったその顔は、また俺。促されて立ち上がる子供が呟く。

『マフィアなんて』

感情の欠落した声に俺の体は勝手に震え出した。

『世界なんて』

ふとこちらを振り返ったその子供は。

『滅びてしまえば良い』



「う、ああぁああ…っ!!!」



パチン。至極アッサリ幻術は弾けた。






















*****




















「…は、…」

流石に疲労が溜まり出した。遅い、彼が心配だ。
グルリと辺りを見渡す。錯乱する者、眠ってしまっている者、その場に平常で立つ者など居ない。この程度ならばしばらく放って居ても動けまい。そう判断して幻術を解くと同時、携帯が震えた。画面には山本武の名。受話ボタンを押すと耳に当てる。

『今どこに居る?』

走っているのか、息が荒い様だ。

「中心部ですよ。カフェのある大通り」

『ツナは?』

「ボスを捜しに」

『…そうか。近くに術師は居るか?』

「僕の側には居ませんが、それが何か?」

珍しい、電話越しに山本武の舌打ちが聞こえた。嫌な予感がする。

『ちと厄介な幻術を使うらしくてな。対象の潜在意識に直接作用するらしいんだ。ツナに限ってとは思うが……俺らがそこに向かうから、お前はツナを頼む』

「言われなくとも」

電源ボタンを押すと彼が向かった方角へ走り出す。
潜在意識に作用する幻術だと?厄介にも程がある。心に闇を持たない者など居ないのだ。新しい術師を手に入れたからこの茶番を仕組んできたのか。
…もし彼と出会っていたら。普段の彼なら掛からないかもしれない、だが今の彼は既に動揺して心が乱れている。油断出来ない。

「…む、くろ」

ふと僕の前に人影が現れた。

「……っ綱吉君!」

血まみれの彼はフラフラと覚束ない足取りで近寄って来る。僕はそれを支える

「…なんてね」

事はせず三叉槍で薙ぎ払った。“それ”は音も立てず霧散する。

「僕に幻術なんて無意味ですよ」

幻術には幻術を。地獄道発動と共に術者が潜んでいた学校の屋上から落下した。術者が幻術負けするという事は知覚を乗っ取られるという事。

「綱吉君の居場所を教えて貰います」



「う、ああぁああ……っ!!!」



「っ綱吉君!?」

しまった中か!舌を打ち念の為術者の意識を奪ってから声の元を辿り古びた校舎に入る。どこに居る?
急がなければ。走れ走れ走れ。
所々焦げた跡の残る廊下を走り抜け別館と繋がる渡り廊下も抜けた先、扉を開けるとそこは体育館。舞台の上に一人、下の中央に一人倒れている。

「綱吉君!」

中央に倒れる彼に走り寄ると酷くか細い息を吐いていたが、三度程名を呼ぶと目を開けた。

「…骸…本物?」

「はい、僕です」

やはり幻術を見たのか。しかも口ぶりからして僕の。

「ボス、倒したよ。町は?」

「山本武らが来ているので、ボスを倒したなら安心して良いでしょう。それより怪我は?」

見る所大した外傷はなさそうだが、この弱り方、精神の方がやられたか…。彼はユルユルと首を振る。

「平気。足をやられただけ」

「そうですか…立てますか?」

助け起こそうと手を取れば、その手を握られもう一方の手を重ねられた。

「綱吉君?」

「…骸、俺の言う事聞いてくれる?」

「……何ですか」

嫌な、微笑い方をする。

「お前の目的はまだボンゴレ十代目の身体?」

「……だとすれば、どうだと」

「契約しよ?」

「!!」

まだ幻術の後遺症が?まるで消える事を望む様な口ぶりに背筋に冷たいものが流れた。こんな事ならば一人でなど行かさなければ…!

「違うよ骸、俺はもう正常だし本気」

やけに真っ直ぐな目を向けて来る。その笑いを止めてくれ。

「綱吉君。馬鹿言わないで下さい。僕は君を守ると」

「従うとも言った」

「…っ!」

目を逸らせない。

「なぁ骸。俺は結局誰も守れないんだ。守れないどころか不幸にしてしまう」

「それは違う。僕は君に救われました」

「ありがとう。でも、俺は」

「綱吉君!」

遮る僕の声に、微笑んで。

「やっぱりボスにはならなければ良かったと思う」

涙を流した。

「……っ、」

疲れたよ、と彼は笑い泣く。

「お願い、骸。こんなのもう終わりにしたいんだ」

ああ僕を包んだ温かい炎は。

「……分かり…ました」

「ありがとう、ごめんな」

「綱吉君っ」

堪え切れずその華奢な身体を抱きしめると、静かに彼は僕の背を撫でた。

「急がないと誰か来る」

「…後悔しませんか」

「後悔なら何度もしてきた」

三叉槍を構える。その手に彼の手が重なって胸に導かれる。

「骸、笑ってよ。お前の笑顔好きだったんだよ」

そう言って笑うから、つられて笑う。その瞬間に彼の手が強く胸へ引かれた。



「さよなら」



「………!!!」

ああ、僕を包んだ温かい炎は。
闇を照らした光は。



「綱吉君!!!」





















執務室で一人、息を吐く。
休息をと席を立ち、洗面所で顔を洗う。レバーを下げて水を止め、顔を上げると鏡に映る“俺“。

「ボンゴレ十代目、沢田綱吉」

僕を包んだ温かい光は、僕の中で消えてしまった。

そして僕は、また闇に堕ちる。

「君が居ない世界など、壊してしまっても良いですか」

鏡の中の沢田綱吉が、悲しく笑った。







end*



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