smile for you
あの日誓った約束は、愚か者の中で生きる上で心地好く僕を縛る。
smile for you
闇の中に居続けた僕にとって光など煩わしいだけだった。目を眩ませてはいけないと避け、近付こうものならば闇へと染めてきた。
なのに光の中を光に塗れて歩んできたあの男は染まらないどころか、闘う内にその光の強さを増す。いつなんて知れない、だが、僕は彼に魅せられていたのだろう。手に入れたい、強く思った。
しかしそれは叶わず、僕は敗れた。それも最も忌むべき人間道の闘志を浄化されての完全なる敗北。
触れた彼の炎(ヒカリ)は明るく温かかった。
「俺はボンゴレを継ぐ。霧の守護者は……、お前しか居ないんだ」
それから長い時間が経って、拒み続けていたマフィアになると決意した彼が僕にそう告げた。
「どうして?」
「え?」
「涙を流すのですか?」
大きな琥珀の瞳から溢れ出る粒。拭うと、まるで彼の炎の一部の様に温かい。
「お前はマフィアを憎んでいるから」
「ええ」
「俺はそれを知っているのに、その世界へ招くなんて…っ!」
悔しそうに唇を噛んで俯く彼が、分からない。
「それが理由、ですか?」
「……え」
「君がそれを理由とする意味が分からない。そんな事で君が泣く必要など、ありません」
「……っ!」
俯いた顔を上げて、琥珀を歪ませた彼は、その細い腕で僕を抱きしめた。
「ボンゴレ」
抱かれたままで呼ぶとビクリと肩を揺らす。ファミリーネームに反応しているのだろう。
「僕は今まで君をボンゴレと呼んできました。君が“象徴”になると踏んで」
「骸…」
「僕は君を“そこ”に押しやった要因の一部だ。負い目を感じる必要などありません」
「でも」
「…それに僕は君にならば従っても良いと思っているんですよ。“綱吉君”」
名を呼べば身体を離してパッと顔を上げた彼がまだ不安そうに見えたので、ニコリと微笑んでから跪づいた。
「ボンゴレ十代目沢田綱吉、貴方に従い貴方を守ると誓います。だから、僕を正式な守護者に」
「む、くろ…!」
下から見上げると彼は大きく目を見開いた驚きの表情から、徐々にボスの顔へと変わっていく。目尻に残っていた涙を拭うと、一つコクリと頷いたのだった。
その瞬間から、僕は貴方だけの霧。
*
彼の笑顔を直視出来なくなったのはいつからだったか。
最初はその眩しさに引き寄せられ、次に違いを思い知らされ、今は痛々しく感じ。彼は本心を押し隠した作った笑みを良く見せる様になっていた。
「骸」
名を呼ばれふ、と意識が後ろを歩く彼に戻る。
「はい。どうしました綱吉君」
「どうしたじゃないよ。護衛なんだからボーッとされたら困る」
「おや」
現在ボスである彼の護衛中であった。何故表情も見えないのに意識を違う所にやっていると分かったのか、超直感だろうか。
チラリと振り向けば、目が合う。眉間に皺を寄せても咎める声音が心配だと言っていたものだから、つい笑ってしまいそうになりながら彼の隣へ移動した。
「それは失礼」
「…悪びれてないだろ」
より深くなる皺。
「ねぇ綱吉君。君は随分と表情を読むのが上手くなりましたねぇ」
「そりゃなるさ。…そうでなきゃ困る」
誰が?なんて問える筈もなく取り繕う様に笑みを張り付ける。すると返された微苦笑に目を向けたくなくて、丁度見えてきた目的地へ視線をスライドさせた。彼も続く。
「…行くぞ」
「しっかり護衛させて頂きますよ」
今回彼の仕事は和平交渉。長い抗争を終わらせ互いの損害をこれ以上増やさない為の大事なものだ。しかしつい最近まで抗争は続けられ、交渉の提案もあちら側だと言えば警戒も必要。ボスをおびき寄せる為の罠だとも考えられるからだ。…寧ろ僕はそうだと思っている。だからこそ自ら護衛に名乗り出たのだ。
「骸、頼んだぞ」
そして彼の様子を見る限り、彼もまた直感でその可能性を高く感じた様だった。
「ええ」
僕の仕事は彼を守る事。一つの殺気も逃しはしない。
睨みを効かせていればあちらの構成員が動揺するのが分かる。…やはり、何かある。そう確信した時交渉の場が揺れた。
「……では、交渉決裂、ですかな」
「残念ですがそうなります」
互いに条件が合わな過ぎた。あちらの要求は酷いもので、あれでは断って下さいと言っている様なものだった。
彼が悲しそうに一度目を伏せる。小さく、やっぱり、と呟いたのが僕の耳に届いた。
…ああ、また彼が泣く。
「綱吉君」
「分かってる」
伏せた目を再び開ければそこに宿るのは緋色。
再び敵となったファミリーのボスが喚くと隠れていた(と言っても気配が洩れていたが)増援部隊が一斉に湧いて来る。
それらが彼の邪魔にならぬ様、三叉槍を出現させ大理石の床に突き立てると幻覚の水柱を現した。死ぬ気の炎を練り込んだそれは限りなく実態に近く、例え幻覚だと見抜いても簡単に消滅などしはしない。
間もなく碌な抵抗を許さずアッサリその場を制圧するも、彼が慌てた様な声を上げた。
「違う!こいつ影武者だ!」
影武者だと?臆病な…。
「本物を探しましょう」
僕の呼び掛けに彼が踵を返したその時、足元から引き攣った笑い声が引き止めた。そこに倒れているのは偽物のボスだ。
「ひひ…もう遅い、戦力の八割を引き連れ貴様らのアジトに向かったのだか…っぐふ!」
「俺の部下達を甘く見るな」
「綱吉君、もう聞こえてません」
再び気を失った男の言葉に強気で返した彼だが、内心では相当焦った様だ。瞳は怒りに燃えてうっすら額にも炎が揺らめいている。確かに今まで長い戦いを続けただけあって相手の戦力は十分。それがボスと守護者一人不在の中八割も攻め入ると言うならば安心は出来ない。それに他の守護者すら別任務で居ないかもしれないのだ。
「骸、本部に知らせてくれ。すぐ出るぞ」
「ええ。急げばギリギリで間に合うかもしれない」
その場を共に連れて来た数名の構成員達に任せ、僕らは本部に連絡してから卑怯な敵を追い掛ける為に車輌に飛び乗った。ボンゴレが誇る技術チームが一から作り上げたそれは、F1レースに使われる様な物よりまだ早い。
「スピード出すんだろ?道は大丈夫か?」
「クフフ、お忘れですか?霧の能力は構築。道が無ければ造るまでです」
「分かった。最速で頼む」
「了解。もう口を噤んでいてくださいね、舌を噛みますよ」
言う通りに彼が唇を一文字に引き結んだのを確認してからアクセルを強く踏み込む。瞬間、身体が置いて行かれる錯覚を覚える程の速度で車輌が発進した。
急がねば。何より彼の悲しみがこれ以上濃く深くならぬ様に。
だがこの時の僕の願いは、叶う筈など無かった。
continue…
→A smile in the sorrow
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