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優しさという名の薬



綱吉は虚ろな目で天井を見詰めていた。体を包む様に肩まで布団がかけられ、口には体温計。
程なくして計測終了の合図が鳴ると、口から取り上げて目盛りを確認した奈々が読み上げる。

「38、5度…ツッ君お熱があるわ。やっぱり学校はお休みね」




















優しさという名の薬




















「はぁ…」

天井をぼんやり見つめたまま、何度目かのため息を吐く。熱さと怠さを孕んだ体はひたすらに重苦しくて、起き上がる事は到底叶わない。他に症状と言えば、頭痛と熱による関節痛、扁桃腺も腫れているのか喉の痛みに伴って少しだけ咳も出ていた。
正直、辛い。

「…けほっ」

そしてそれ以上に寂しい。
リボーンと出会う前の彼ならばこの位なんともなかっただろう。しかしあの赤ん坊に出会ってからの綱吉は、いつも誰かが側に居る事の方が当たり前になっていた。
今日は平日、学校がある。獄寺や山本は勿論登校しているので、少なくとも下校時刻までは見舞いには来ない。獄寺なら授業をすっぽかして駆け付けそうだが、綱吉がそういう時は山本に止めてもらう様予め頼んでおいたから、大丈夫だろう。
ランボやイーピン(一応赤ん坊であるリボーン)はまだ幼く抵抗力が弱いので、ウィルスが移ってしまわない様に近付く事を遠慮してもらっている。
よって、いつも騒がしい綱吉の側は、今日は誰もいない。奈々が看病に来るぐらいだ。

(…寂しい)

体調が悪いと気まで滅入ってしまって参る。綱吉はそれを紛らわす為に眠りについた。



















*****




















ヒタ

(…あ、気持ちいい)

夢も見ずにただただ身体を休めていると、不意に額に冷たい感触がして、元より浅かった眠りからフワリと意識が浮上し出す。

(母さんかな…?)

奈々がタオルでも替えに来てくれたのだろうと思った綱吉は、続いて濡れた感触も加わった冷気が被せられたのに、へにゃり、と口元を緩ませた。

「気持ちー…」

「クフフ、それは良かったです」

思わず零れた感想に答えが返って来ると、しかしその緩みはピタリと固まった。咄嗟に声にはならず、え、なんで。と綱吉は思う。
あの独特な笑い方と言えば、彼は二人しか知らない。更に言うとそれは男女一人ずつであり、今の声は明らかに低い男の声である。

「むくろ?」

水分不足と多少の咳によって掠れた声で名を呼べば、ごく普通にはいと返ってきた。

「お久しぶりです」

恐らく微笑んでいるのだろう声色。笑ってるんだろうな、と考えてから、目を閉じたままだった事に気付いた綱吉はゆっくり瞼を上げる。熱のせいか天井がぼんやり霞んで見えた。

「むくろ…」

「はい」

首を僅かに捻って声のしたベッドの脇へと視線を向けると、確かに独特の出で立ちの男がそこに居た。幻覚ではなかろうかと思って重い手を伸ばす。掬い上げられて、本物だ、と綱吉は呟いた。

「ええ、本物ですよ綱吉君」

「……母さんは?」

「お買い物に。僕は留守を頼まれました」

答えに、そう、と息を吐くついでの様な覇気で呟いて笑う。

「ありがとう」

熱で上気した肌のせいで妙に色付いて見えるその笑みに、骸はたじろいで眉を寄せた。

「…何ですか?」

「留守番」

「…ああ、構いませんよ」

「あとお見舞い」

「クフフ。いいえ」

骸が素直に感謝を受け微笑み返すと、ホッと安堵のため息を吐く綱吉の目尻から頬、唇をなぞる。

「むくろ…?」

虚ろで潤んだ目、呼吸が苦しいのか半開きの唇、肌はどこも桜色に色付き、熱を持っていてどうにも誘われる。無意識にゴクリと喉が鳴ったが、綱吉は具合が悪いのだ。一瞬浮かんだ欲に苦笑して、骸は手を離した。

「唇が乾燥しています。何か飲み物をお持ちしますね」

「……あ、」

腰を上げようとして、触れたままだった方の手を力無く握られたのに動きを止めた。不安気な瞳がこちらを見つめてくる。

「…すぐ戻りますよ。ね、だから良い子で待っていて下さい」

言い聞かせる様に柔らかく言い、ポンポン、と優しく胸を叩くとスルリと手が離れる。名残惜しく感じつつも、骸は部屋を出た。

「………ふ」

扉を閉めて、息を一つ吐く。

(危な…かった)

よもや病人に欲情するとは。正常に理性が働いてくれていて良かったと自嘲して骸はキッチンへと向かう。
勝手知ったる人の家。真っ直ぐ冷蔵庫に行きそこからポカリを出すと、「ツッ君が起きたら食べさせておいて」と奈々に言われていた粥をレンジで温める。薬も用意して、それらをトレイに乗せて再び綱吉の部屋へと上がった。

「入りますよ」

一応ノックをしてから入室すると、目が合った綱吉が安堵のため息を吐いたのに骸は微笑んだ。

「直ぐ戻るって言ったでしょう?」

「うん」

「お粥、食べれますか?」

「分かんない」

問いながら持って来たトレイをテーブルの上にに置いて、綱吉の上体を起こさせると顔色を確認する。

「食べてみましょう。薬を飲んだ方が良い」

「うん」

立ち上がりテーブルに置いたトレイから、ポカリを取り一緒に持って来たコップに注ぐ。粥は少量だけ別の器に移してレンゲを添えた。その二つだけ再びトレイに乗せ手に持つと、ベッドに戻り腰掛ける。
まずは水分をと、コップを直接綱吉の口元に持って行くと素直に口を開いたので、少し傾けた。喉が上下する、ちゃんと飲めた様だ。

「もっと」

「おや。…はいはい」

口から離そうとすると待ったが掛かったので、骸は意外に思いつつまたコップを傾ける。添えてくる手を愛しく思い見つめていると、コップの中身を飲み干した綱吉が不思議そうに首を傾げる。

「むくろ」

ぴと。コップに添えられていた手が自分の頬に移動して、思わず骸は肩を揺らした。

「……すみません。お粥、食べましょうか」

熱に浮されているせいか、普段分かりやすい綱吉の行動が読めない。うっかりしていると落とされそうだ。骸は目を細めて気付かれない程に小さく息を吐くと、気を取り直して粥を掬った。

「はい、口を開けてください」

「………」

そのまま口元に寄せられたレンゲに綱吉は戸惑った様に眉を寄せたが、それも一瞬で、先程と同じ様に素直に口を開く。パクリ、粥を口内に入れてゆっくり咀嚼。

「辛くありませんか?」

「……ん、食べれる」

「それは良かった」

良い返答に頷いて、粥を掬って口へ運ぶ。嚥下したのを見届けると、また掬って口へ運ぶ。何回か繰り返すと綺麗に器は空になった。

「薬、飲んだらもう少し寝ましょうね」

「…帰っちゃうの?」

「居ますよ。今の君を一人には出来ない」

求められているという実感に口元を緩めつつ安心させる言葉を吐くと、嬉しそうに笑った綱吉が薬を貰おうと手を伸ばしてくる。しかし半透明な小袋に入ったそれを骸が差し出すと、カチリと笑顔は固まった。

「…どうしました?」

「…俺、カプセルの薬飲めない」

「は…?」

ぐぅ、と唸って発せられた言葉に今度は骸が固まる。飲めない、とはどういう事か。意味を理解出来ず怪訝になっているだろう表情を綱吉が申し訳なさそうに窺い見てくる。

「だから、あの大きさが、喉につっかえるんだ」

「…………」

(どこまで子供なんだ彼は……)

固まったまま唇の端だけヒクリ、と引き攣らせた骸に申し訳なくて泣きそうになる綱吉。自分が早く回復する様に良くしてくれているのが分かっているものだから、本当に申し訳ない。それに絶対呆れられていると思うと悲しさが込み上げてきた。大袈裟かもしれないが、熱でぼやけた頭は感情までコントロール仕切れないのだ。
涙をジワリ、浮かべた綱吉に気付いた骸は一瞬複雑な表情を浮かべてから、優しく微笑んだ。

「大丈夫。やってみましょう?飲まないと良くなりませんよ?」

ね、と薬を渡した手を握って駄目押しすれば、怖ず怖ずと綱吉は頷く。それにいい子いい子と頭を撫でて褒めた。

「水を先に少しだけ含んで、薬を口に入れたら今度は沢山水を飲んで、ほらゴクリ」

薬一つに何をそこまで緊張する事があるのかと問いたくなる程身体を強張らせる綱吉の背を撫でながら、骸は飲みやすい様にと優しく教える。その言う通り薬を含んだ後水を多めに流し混んだ綱吉は、少しずつそれを飲み下していって、そのまま途中で固まってしまった。ぐぐぐ、と何度か飲み込もうとするも、どうやら水だけ飲んで肝心の薬は口に残っている様だった。食べ物と同じ様にゴクリ、それで済む話ではあるが、飲めない人間からすれば薬は異物であり、喉につっかえながら進む様子は苦しいものがあるのだ。

「…う゛っ」

そうこうしている内にカプセルは溶けはじめ、苦味に顔をしかめた綱吉がそれを吐き出そうと口を開ける。が、その瞬間眼前が暗くなったかと思うと口内に液体が流れ込んできた。

「んんっ?!」

目の前の影が骸で、流れてくる液体が彼の口移しによるポカリだと綱吉が気付いて動揺すると、思わず溶け出した薬を水ごと飲み込んでしまう。…いや、この場合飲み込めたというべきか。とにかく薬はなんとか吐き出される事なく食道を進んだ。

「…飲めたでしょう?」

しばらくして離れた骸は意地悪く笑っていて、それを恨めしく睨みつけた綱吉が顔を真っ赤にしているのは熱のせいだけではないはずだ。

「病人になにす…ん、だ……」

だが抗議しようと放った彼の言葉は徐々に尻窄みになっていき、ついには“だ”と共に身体がベッドに沈んでしまった。無駄に力を入れて疲れたのだろう。

「おやおや、眠ってしまいましたか。本当に君は、子供そのものだ」

呟きながら布団を被せ顔に張り付いた髪を払うと、露になった額にキス。

「…キスぐらいは、許して下さいね綱吉君」

頷く様にカクリと、綱吉が身じろぎした。
















*****















騒がしさに再び意識が浮上する。
何やら言い争ってる様な声が側から聞こえてくる。それに眉を寄せてうーん、と唸ってから薄く瞼を上げてみる。

「あ!十代目!」

「お、ツナ。悪ぃ煩かったか?」

すると授業を終えて見舞いに来たのだろう獄寺と山本が心配そうに覗き込んできた。骸の姿はない。

「……骸は?」

「骸?俺達が来た時はツナのおふくろさんしか居なかったぜ?」

そうなんだ、と呟くと、バタバタと廊下から騒がしい足音が近付いて来た。

「ツナー!治ったらランボさんと遊べ!」

「#%£&*☆!!」

バタン!と乱暴にドアが開いたかと思うと元気な声が耳を刺激するが、頭痛はしないし幾分身体が軽い。熱は引いた様だと感じつつ綱吉は起き上がってみた。立ち入りを禁止していたランボと、イーピンも居る。イーピンは恐らくランボを止めに来たのだろう。

「アホ牛!てめぇ入ってくんじゃねぇ!」

「まだ入ったらダメだぜ」

獄寺が慌ててランボを叱る声。山本がやんわり諭す声。昼間の静けさが嘘の様に、綱吉の周りがまた騒がしさを取り戻す。
それに微苦笑を漏らしつつ、寂しい時に側に居て看病してくれた彼を綱吉は思い出した。

(骸帰ったんだ、ついさっきまで居た気がしたのにな)

「アイツらが来るまでずっと手ぇ握ってたぞ」

「リボーン…」

いつの間に居たのか、すぐ側でリボーンが綱吉の思考を読み取って答えてくれた。いつもの様にニッと笑って「礼を言えよ」と一言、まだ完治してねぇ風邪を貰うのはごめんだとさっさと出て行った。

(骸の手、優しかったな)

じっと触れていた手を見つめて綱吉は微笑む。

(治ったらお礼言いに行こう!)



ありがとう、優しさという名の薬が効いたよ。







end*

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