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家庭教師はダークマター


毎週土曜日、家庭教師をしに来る暗黒の目をした先生は、いつもその目には劣るが高級そうな黒のスーツを身に纏った変わり者。何でも政治家の息子とか大企業の御曹子とか、勝ち組候補の生徒を教える超一流の先生で、イタリアン特有の甘いマスクと生徒の希望大学入学率100%の凄腕が売りらしい。しかしながらここで矛盾が生じて来るのは、俺が平凡な一般家庭に生まれた何の変哲もない公立高校に通う唯の一般人だからに他ならない。

「リボーン」

「先生」

難解な数字の羅列に頭を悩ませながらポツリ、名を呼ぶとすかさず訂正が入る。

「…先生、質問なんだけど」

「なんだダメツナ」

訂正通り呼び直すと今度はダメツナ呼ばわりか…ダメツナというのは俺の中学からのあだ名だ。勉強もダメ、運動もダメで、ダメダメのダメツナ。それをうっかりコイツに知られた日から週一とは言え家でもそう呼ばれるようになったという不幸。

「その前にその呼び方止めてくれる」

「なんだバカツナ」

「………」

とにかくこの家庭教師は人の嫌がる事が好きらしい。んで、俺の事は嫌いらしい。

「なんで一般人の俺なんかを家庭教師してるの」

キリがないので普通に呼んでもらうのは諦めて質問すると、隣から聞こえた盛大なため息に手が止まる。問題集から隣に視線を移すと、哀れな者を見る様な目の非常にカンに障る顔が映った。

「オメェの頭はそこまで残念な作りだったか……その質問何度目だ?」

「だって納得いかないんだよ」

「何度聞いたって答えは同じだ。家光に借りがあった」

家光と言うのは俺の父さんの名だ。リボーンは借りがあったと言うが、実は俺は父さんの仕事を未だに知らないぐらいで何の繋がりかサッパリ見当がつかない。俺の知ってる父さんは母さんにベタ惚れでパンツ一丁で寝る様なだらしない男、だから余計納得いかないんだろう。

「それにオメェが思う程沢田家は平凡じゃねぇぞ」

そう続けられて胡乱気な目を向けると、返って来る呆れた様な視線。

「どこがだよ、至って平凡じゃんか」

「ハッ」

それ以上相手にしてくれるつもりはないらしく、リボーンは顎で問題を解けと指示して腕を組んだ。…次にその腕が解かれるのは、無駄話を続けて殴られるか問題を解き終えて採点する時のどちらかだろう。前者は遠慮したい。

「…分かったよ」

唸る様に呟いてシャーペンを握り直すと机の問題集に向き直る。
そうだ、どうせ家庭教師の期間は決まってる。それが満了になると同時に横暴で口も性格も悪い教師からは自動的におさらば出来るのだから、理由なんてこの際どうでも良いじゃないか。
うんうん、と一人胸中で頷きながら習ったばかりの公式を当て嵌めて問題を解いていく。…確かに教える腕は良いんだよなぁ。不本意ながら感心してしまった俺は、隣の暗黒がニヤリと唇を歪めたのには気付かなかった。

そもそもなんで俺がこんなにリボーンを毛嫌いしているのかと言えば、理由は大きく分けて3つある。
1つはフェミニストなとこ。母さんに対する態度と、俺に対する態度では明らかに差があるのだ。2つめは口が悪いとことすぐ手が出るとこ。初日から罵倒され蹴飛ばされた記憶が消える事はない。3つめ、これが一番酷い。俺に対する度が過ぎた嫌がらせだ。
一度家庭教師開始の定時になる前にうたた寝をしてしまって、襲われかけた記憶が強烈だ(フェミニストの癖に)。未遂だけど、嫌がらせを通り越して犯罪。思い出すだけで悲鳴が出そうになる…。

「ひぃ」

「あ?」

あ。本当に出ちゃった。

「な、何でもない。出来たよ」

「…ん」

リボーンが腕を解く。ホッとしたのも束の間イスが鳴いたかと思うと机に影が落ちた。

「……?!」

リボーンが俺に覆い被さってきていた。わざわざそんな事しなくても問題集持って行けよと思うけど言葉にはならない。なんで嫌な記憶が蘇ったこのタイミングで。心拍数が上がったのを知られない様にするので精一杯だった。
…って何で俺心拍数上がってんの?

「不正解一問だ。ここはな…」

少し見上げれば厭味な程に整った顔がある。香水がふわりと香る。うわあ、すごい良い匂いするんだけど。

「ツナ。聞いてんのか?」

「え?!あ、ごめんなさい。聞いてなか………、え?」

「なんだ?」

今、ツナって呼ばなかった?呼んだよね、すっごい久しぶりに。

「お前顔赤いぞ。熱でもあんじゃねぇか?」

何故か名前を呼ばれただけで動揺していると、長い指が伸びてきてペタリと俺の額に触れた。

「うわあ!!」

ガタガタ、ドタン!

反射で身を引いた俺は勢い余ってバランスを崩し、イスごと転倒してしまった。上から元凶である暗黒の目が見下ろしてくる。

「何やってんだお前」

「こ、来ないで!大丈夫だから!」

「……ツナお前…」

「ツッ君〜、先生〜、終わったらお茶でもしましょー」

リボーンが何かを言いかけたその時、階下から母さんの明るい声がした。授業終了の時間だと悟った俺はこれ幸いと立ち上がってリボーンに先に下りる様促す。

「今日もありがとうございました!俺はもう一度解き直してみるから先生、先下りてて!」

「おいツナ…」

まだ何か言いた気な視線を無視してグイグイ背中を押して部屋から追いやる。

「じゃ!」

「おい…っ」

バタン

扉が閉まると俺は背中を預けてズルズルと座り込んだ。
変に思われなかっただろうか。思われただろうなぁ。

「はぁ……」

ノロノロ立ち上がるとイスを起こして机に向かう。
問題なんて、もっとシビアなものが湧いて来たんだ、数字の羅列なんてもう頭に入って来なかった。

「…なんなんだよもう」



こう言うのは意識し出したら止まらないのが公式だ。










end*

続く…。




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あきゅろす。
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