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不完全な幸せ


バルコニーに出て夜風に当たる。肩には申し訳程度の温もりを守ってくれるブランケット。
無意識で抱くと、空を見上げて星が落ちてこない事をそっと願った。


















不完全な幸せ



















「んな格好してると風邪引くぞ」

不意に室内から声が届く。確認しなくても分かる、俺は振り返らずに答えた。

「リボーン、勝手に入って来るなって言っただろう」

「ノックならしたぞ」

「了承してないだろ」

クッと喉で笑うリボーンに溜め息を洩らして振り返る。と、思いの外近くに居て驚いてしまった。

「…何か用?」

それを悟られない様に訊ねると、僅かに眉を下げて、いや、と返してくる。用もないのに夜中に男を訪ねて来るってどうなんだ。

「オメェの様子見だ」

「…様子見って、」

「寝てねぇだろうが」

「………」

指摘され、つい否定仕掛けて、意味がない事だと呑み込んだ。他の人間なら兎も角リボーンにその場凌ぎは通用しない。
答えの代わりに小さく笑みを送ると、呆れた様に口角を下げられる。

「いつからだ?」

さりげなく距離を詰めながら俺の元家庭教師は尋問を始めた。
嫌だな、とぼけても無駄、だろうか。

「何が」

「何を直感した?」

「………」

やっぱり無駄だった、そこまで気付かれていたなんて。
俺は答えず目を逸らして、呟いた。

「ねぇリボーン。俺は間違ってた?」

「……何を」

顔は見えないけど、怒っているのは肌を刺す僅かな冷気で分かる。それを黙殺して同じ言葉を繰り返す。

「俺は間違ってた?」

「……間違ってねぇぞ」

「嘘」

「嘘じゃねぇ」

「でも、俺がリングを破棄しなければ、」

「変わったと思うか?少しタイミングがずれるだけだ。何も変わりゃしねぇ」

相変わらず容赦のない物言いに、"変わらない物"を感じて安堵する。
…この十年、人も街も何もかも変わり過ぎた。純粋に時間の経過から自然の流れでの変化、作為的にもたらされた人工の変化。そのどちらもが混じり合い尚且つ反発し合って、俺達にとって決して優しくない世界に追いやった。

「俺を恨んでる」

「何故」

勝手に零れた言葉に誰が、とは問わない。リボーンの優しさだろうか。

「俺がして来た事、させて来た事は弁明の余地なく残酷で劣悪だ」

「…ハッ。解ってんじゃねぇか」

今更だぞ、と嗤うリボーンにもどれだけ酷な仕事を与えてきただろう。それだけじゃない。リボーンは今、有害線に身体を蝕まれている。

「…ごめん」

「謝んじゃねぇ、バカが」

「ごめん」

謝罪を繰り返すと、鋭利さを増す殺気。居たたまれなくなってついと目線を外すと、ため息を吐かれた。

「オメェはどうなんだ」

「……?」

「それだけの事をしてきて、今幸せか?」

一瞬の逡巡の間に顎を引かれて視線を捕縛される。オニキスの様に深い黒は、けれども縞なんて隙はなくて、急かされてホロリと言葉が落ちた。

「矛盾しているけど…、大好きな人達の為にする事なんだ」

幸せだよ。と笑うと、

「んなもん、出来損ないだろ」

と。お前は俺の幸せを不完全だと言う。なけなしの強がりなんてコイツには全てお見通しなんだと分かっていても、強がっていなくちゃいけない時もある。

「今じゃねぇぞ」

「え?」

「だから、今じゃねぇっつってんだ」

「リボー…」

心を読まれた事よりも、それに返された言葉にハッとして笑みが切れた。その上、腕を引かれて抵抗なく抱きすくめられてしまって思考が止まる。

「…俺の前で強がんじゃねぇよ」

「リボー…ン」

自分以外の温かい体温に、耳元で囁かれる甘やかす為の言葉に、俺は妙に救われた気持ちになって堪らなく泣きそうになるのを意地で無理矢理抑え込んだ。
トン、と嗅ぎ慣れた匂いと共に心地良い体温を突き放す。

「…止めてくれよ」

リボーンはそんな俺を何も言わずに見つめてくる。
視線が、心の隙間に割り入って来る気がした。

「……っ」

「ツナ」

遮断する様に片手で顔を覆うと、今度は聴覚が支配されそうで。
いけない、引き込まれたら駄目だ。

「ツナ」

「……止めて」

「ツナ」

「…止めてくれ!」

俺を甘やかさないで!思わず叫ぶと衝撃で涙が一粒零れた。

「あ…」

「……誰もオメェを責めねぇよ」

一度切れた堰は中々戻らない。涙が後から後から湧いてきた。

「責める奴は分からせれば良い」

リボーンの声が染み渡る。

「回避出来ないなら正面からぶっ壊しゃ良い」

いつだって俺に助言をくれたその声が、俺を包んで壊していく。

「オメェが幸せだと思う物を死ぬ気で守れ」

「!」

死ぬ気と言う単語にハッとした。そうだ、これじゃあまるで出会った頃のダメツナのままだ。挑戦する前に諦めて、マイナスばかり考えて。

「オメェは誰だ?」

「……ボンゴレ十代目、沢田綱吉」

「そうだ。悲観してんじゃねぇぞ、ボス。オメェにそんな暇はない。甘ったれるなら俺の前だけにしろ。部下の前では何がなんでも強気で前を向け」

気付けば涙は止まっていた。言われた言葉を噛み締めて、精一杯微笑んだ。残る雫を拭い取ろうとして手を掴まれ、代わりに舐め取られる。

「…うん」

深い黒を見返して、感謝を込めてキスを贈る。

「ありがとう。俺はまだ、諦めないよ」

「…それで良い」

口端を持ち上げて身を翻すリボーンを見送ると、空に手を伸ばす。

…不完全であろうと、この幸せは俺の全てだ。命を掛けて守り通す。

誓いを立てて、僅かに傾いた星をこの手に掴み取った。







end*

Grazie『I LOVE 10 years later!


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あきゅろす。
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