ある日の放課後
街が夕暮れに染まる頃、人気もまばらになり始めた学校の応接室に、カリカリと小気味良い音が響いていた。
表情の無い顔で書類にサインをしていくのは、学ランの袖に『風紀委員』の腕章を付けた少年―――雲雀恭弥だ。
彼はその腕っぷしや横暴さから、『最強』又は『最凶』と恐れられていた。
恐れるのは同室の応接椅子に座るオロオロした少年も例外では無いわけで。
「沢田綱吉」
「はっはい!?」
雲雀がふと名を呼べば、忙しなく視線をさ迷わせていた少年はびくりと肩を揺らして硬直した。
「……………」
「な、なんですかヒバリさん」
「あまりキョロキョロしてると咬み殺すよ」
「す、すみません!!」
ヒィ、と顔をひきつらせて即座に謝る姿を見て、雲雀は不機嫌そうに眉を寄せる。
(…な、なんかヒバリさん怒ってる)
そもそも沢田綱吉、通称ツナは、友人の山本や獄寺と帰宅しようとしていた時に、雲雀に(風紀委員を使って間接的に)呼び出されたためにこの部屋に居る。でなければおっかない雲雀のテリトリーである応接室になど、絶対入ろうと思わない。
ところが急いでやって来たというのに、肝心の雲雀は委員の仕事中で、書類に目を通しサインをする一方で用件を言わず、ツナが口を開けば『咬み殺す』と一蹴されてしまっていた。
(うぅ…そろそろ帰らなきゃリボーンに何言われるか…)
ツナが頭を抱えだした頃、タン、とペンを置く音が響いた。仕事が終わったのだと理解したツナは、ホッとして視線をデスクに向ける。
「終わったんですね、ヒバリさん」
「うん。待たせたね」
声をかけると、雲雀は思いの外優しい声音で言葉を返して立ち上がった。
「何をしているの。帰るよ」
「へ?あっはい」
(…て、あれ。用件は?)
困惑するツナを他所に、手際よく帰り支度を済ませた雲雀が、さっさと扉へ向かう。そして一度ツナを振り返り、あれ程待たせた自分を棚に上げ「早くしなよ」と声をかける。
慌てたツナが机に蹴つまずき転けたのを見てから、助け起こすこともなく雲雀は扉を開けて部屋を出た。少ししてツナも打ったのだろう鼻をさすりながら応接室を後にしたのだった。
*****
校門を出たところで、何でもないように言った雲雀の言葉にツナは耳を疑った。
「今なんて言いました??」
「? 君の家まで送るよ、だけど」
(!!!)
群れるのを極端に嫌う雲雀の言葉とはとても思えない発言だ。ツナは少し恐怖を覚えた。
「そんな、悪いですよ!」
「問題ないよ」
「…ででででも、もう結構遅いし!」
「何言ってるの。遅いから送るんじゃない」
「俺女の子じゃないから平気ですよ!」
「…………」
「あの、それに群れるの嫌いなんじゃ」
「………咬み殺されたいの?」
全力で断ろうとするツナに、面倒になったのか、雲雀は機嫌を損ねてトンファーを出した。
「ひっ…!すみません!お願いします!」
今までの拒否は何だったのか、分かりやすいほど直ぐ様受け入れたツナだった。
*****
あれから会話もなく気まずいまま帰路を行き、心なしか一人の時より早く、ツナの家の前まで帰り着いた(気持ちが足早にさせたのかもしれない)。
「じゃあ、ヒバリさん、わざわざありがとうございました!」
「うん」
にっこり笑って礼を言うツナ。そのまま呼び出された理由を聞かされるのを待つが、雲雀は何も言わずツナをじっと見ていた。
「ねぇ、沢田」
「はひ?」
返事をしようとしたが、何故か鼻を摘ままれハルのするような返事になってしまう。雲雀の唐突なよく分からない行動に、ツナは困ったような表情だ。
「……あの、ヒバリしゃん」
「なに?」
「痛いでふ」
「……ああ」
気付けばツナの鼻は赤みを帯びている。雲雀が摘まんだことより、さっき転んだことが原因だろう。
雲雀は手を離して、くすりと笑った。
「君、鼻赤いよ」
「本当ですか?さっきぶつけたからかな」
「気を付けなよ」
今日の雲雀は少し変だ。並森最強の男が、いつもと違う優しい顔で笑っている。
「はい」と、ツナもつられて微笑むと、雲雀は満足気に頷いた。
「じゃあね」
「えっ、帰るんですか?」
「うん、悪い?」
「いや、でも話があるから呼び出したんじゃ…?」
「別にないけど?」
(えぇ?!じゃあなんで呼び出したんだろ……)
あんなに待ったのに、と落胆するツナを一瞥して、雲雀はおもむろに手を伸ばした。
反射的に目を瞑ったツナに不思議な感触が降りかかる。恐る恐る目を開けると、どうやら頭を撫でられている様子。
「ヒバリさ…?」
「ねぇ、沢田」
「はい?」
「髪の毛柔らかいね」
「…へ?」
「じゃあね」
今日の雲雀は本当に変だ。結局本当に何も無かったのか、呆けるツナを残してそのまま颯爽と去ってしまった。
ツナはまだ不思議な感触が残る頭を触って思う。
(…もしかして、一緒に帰りたかったのかなあヒバリさん)
「…………って、いやっそんなわけないよね!あのヒバリさんに限って!!」
自分の考えを声を大にして全力で否定するツナだった。
end*
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