現実のお話
「現実って奴は物語みたく、上手くはいかないもんだよなー」
彼はぼやきながら煙を燻らせた。
もっと思い通りにいかねーかなーとか、尚も言葉を紡ぐ。
就活が上手くいってないらしい。
仕方ないよ、このご時世だもん。
なんてありきたりな慰め方や励まし方は嫌いだから、僕は口を閉じたまま。
彼の手の中でくるくると回されるhiーliteからは、かさかさと乾いた音がしている。
彼の煙草の持ち方が好きだ。
指の深い深いところで挟むものだから手で鼻から顎から全て隠れてしまう。
それは決して彼が不細工な造りの顔をしているからではなく、ただ隠れることで本質しか見えなくなる辺りがいい。
目は嘘をつかない、とよく言うけれど、全くその通りだ。
例えばけんかして無理矢理僕を抱いたときには、凄く申し訳なさそうな目をしている。
例えばセックスが悦かったときは、凄く満足そうな目をしている。
例えば僕が…―
例えば、
そう、きりがない。
嘘をつかない目が僕を見る。
「どうかした?」
「どーもしてない、ただ」
ただ幸せ。
ただここにいれるのが僕で良かったとか、そういうシンプルでeasyな幸せ。
彼の言葉を引用するならば、
「ただ、僕の現実は物語よりも上手くいってるなーと思っただけ」
だってそうでしょう?
普通男が男を好きになったらひどいふられかたをするものじゃないの?
と小声で付け足したのは伝わったのかどうか。
彼は急に唇をおしつけてきた。
「それを考えると」
ふと彼は考え込んで、言葉を切ってまた煙草に唇を戻した。
煙が目に染みる。
でもこんな痛みは嫌いじゃない。
彼の吐いた煙は空に上って、青に溶けた。
彼の吸った空気が彼色に染まって戻っていった。
僕も煙になって彼の肺に入ってみたい…。
彼の心臓の音が聞こえるだろうか?
煙が聞く音はどんなだろう…?
「お前の存在は俺の現実も上手くいってると思わせてくれてるよ。…今みたく」
溜め息のようにそう言って、また煙草を吸う。
目は嬉しそうだった。
僕はそれを取り上げて、僕の唇を重ねた。
彼の味がするだろうかと、自分の唇をペロリと舐める。
舌に苦味と、それからラムの甘さが残る。
官能の甘さにも似た痺れ。
あぁ、
これは、
リアルなんだ。
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