[携帯モード] [URL送信]
陥落のお話












チェストの上に半月眼鏡があった。



あいつがいつもかけてるやつ。



全く嫌みだよな。



背は高いし、だからってひょろひょろしてるわけじゃない。



その体をシンプルでおしゃれな服で隠してる。



見せれる体なら見せろっつのバーカ。



出し惜しみしやがって。



「なにやってんの?」



まだ髪から雫を滴らせながら、ふらりと背後に立たれた。



勘弁して欲しい。



両の腕は僕の首に巻き付き、顎を頭に乗せてくる。



なんかむかつく。



そして軽やかな手つきで、僕の手の中から半月眼鏡を抜き取った。



「これみて俺の妄想でもしてたの?」



自意識過剰。



て言いたかったのに、僕の頬は熱くなるばかり。



濡れた髪の毛が首筋をなぞり、ぞくりとした感覚が背筋を這い上がっていった。



囁くなよ。



僕に乗り換えた水の玉が肌を転がって、鎖骨も越えて、服の胸元に小さな小さなシミを作った。



濡れるからどいて、と吐息のように吐き出せば



「濡れるとかエロい」



と言って揶揄される。



そんなことをしながらも、ちゃんと退いてくれる辺りがこいつの優しさの証明。



尤も、僕にだけ優しければいいんだから、誰に証明する必要もないのだけれど。



水滴の辿った道に沿って指を滑らして拭ってみた。



冷たい、でも気持ちのよい澄んだ冷たさだ。



きっとこいつを滑る過程で濾過されてきたんだろうな、と思えるくらい。



まだ水玉を含んだ人工的に染めた菫色した髪を無造作に束ね、あの眼鏡をかけた。



こいつにしか似合わないデザイン。



一体どこの物好きがデザインしたんだろう。



「風呂、はいってきたら?」



その声にはっとなって用意しかけていたバスセットを抱えてシャワールームへ向かった。



「早く上がってこい」



にやにやしながら言われる。



こいつは知ってるんだろうか。



僕の心はもう、
陥落してるってことを。














backnext

3/18ページ


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!