葬送のお話
音がして、声が聞こえて、目が覚めた。
ベッドの上で彼が魘されてる。
眉間にシワを寄せて枕の端をぎゅっと握り締めて、伝う冷や汗。
それと泣きはらした目。
何回かしか会ったことのない彼。
赤ん坊のように体を丸めて震えている。
ため息を一つ、すっかり自分の体温を吸って人肌になったシーツから起き上がり、寝癖のついた頭をぽんぽん撫でてやった。
(かわいそうに)
魘されるのも無理はない。
俺の友人で彼の恋人、と言うか彼の彼氏。
つまり彼らはゲイなのだが、
…ああ違う。
こんなことを言いたかったんじゃない。
…俺の友人で彼の恋人の通夜があったのだ、昨日。
それで今日の葬儀にも出るために、少し離れたところに彼と宿をとったのだ。
号泣する彼を宥めていたら不思議となつかれてしまったから。
と、手の下の頭が身動いだ。
「す、すいません…」
「あ、起きた?」
手の感触に気がついたのか、彼が慌てて飛び起きた。
目をごしごしと擦る手を掴んで止めさせれば、大人しく膝の上に下ろす。
「俺魘されてました?」
「うん、大丈夫?」
我ながらなんとも気のきかない台詞。
「大丈夫です」
彼はまだ赤い目で、ちらっと腕時計を見た。
「もう行くか?」
「はい」
苦しそうに答えた。
真っ黒のスーツに真っ黒のネクタイ。
真っ黒の車に乗り込んだ。
葬儀場は田舎にある。
なのにこの混み具合。
しかも雨。
少しイライラしてハンドルを爪で叩いた。
隣に乗る彼の顔は青白い。
「吐きそうだったら言えよ?」
「平気です…けど、精神的に吐きそうです」
口下手な自分を呪いそうだ。
こんな時、我が友人ならなんと声をかけてやっていたのだろう?
「涙はもう昨日で枯れたみたいなんです」
「そうか」
「夢の中でも、もう泣けていませんでした」
雨水を払い除けるワイパーの一定のリズムの中、彼の唇は色々な想いを紛らわすように言葉を紡いでいた。
「夢の中でも、彼は死んでいました。棺の中で眠っていたんです」
「生きている彼は?」
「見れませんでした」
そうか、と呟くと雨よけから雨垂れが落ちて硝子に筋を作った。
俺の顔が映る。
酷く疲れていた。
「それで俺は棺の中をじっと見るんです。死んだ色の彼とまだ生きている花」
「切られた花はすぐに死ぬ」
「違うんです。そうじゃなくて…瑞々しいか否か。あのコントラストが、俺は怖い」
彼のズボンは横に立て掛けた透明のビニル傘についた雫で濡れて色が変わっていた。
それをそっと握りしめている。
雨は益々激しい。
「それで俺は逃げ出しました。彼から逃げたんです」
「夢だから、な」
「ええ、でもあなたがその時俺の肩を掴んで無理矢理彼の白い棺を振り返らせたんです。『よく見てろ』と」
「それで?」
「棺は燃えました。それでおしまい」
「怖いな」
正直に感想を述べた。
前方の車が左に曲がり始めた。
車両が吸い込まれていった道を見ると、有名な演歌歌手のコンサートの告知の看板があった。
成る程ね。
道理で混んでるわけだ。
彼もそちらを見ていた。
綺麗な横顔だ。
白い肌に黒髪が湿気を含んでかかっている。
後続の車もすいすい左折しだす。
「不思議ですね」
「何が?」
漸くアクセルが踏めて爪でハンドルを叩かなくて良くなった。
「誰かが死んだその時に、誰かがのうのうと笑っているんです。誰かが死んでも世界は、何事もなかったかのように動き続けるんです。」
「そんなもんだよ」
「そんなもんなんですかね」
緩やかなカーブを曲がる。
葬儀場はすぐそこだ。
「俺、また泣ける気がしてきました」
「俺も泣くかな、たぶん」
葬儀場に着くまでに雨が上がって虹が出る、なんて感動的なことはなかった。
少し穏やかになった雫が、黒塗りの車体を優しく撫でるだけだった。
喪服の人が何人かひっそり言葉を交わしている駐車場に停車。
「帰り、どうする?」
彼に尋ねた。
「また乗せてください」
そう答えた彼に安堵して、ふと思った。
(こんなとこ、あいつが見たら怒るだろうな)
亡き友をふと回想して車のドアを開けた。
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