[携帯モード] [URL送信]
饗宴のお話












夏休み前、もうだいぶ暑くてイライラする日だった













裸のまま缶ビールを冷蔵庫から取り出した背中はいかにも大人の男。



余裕はあまりすぎるくらいある。



年は5つくらい離れてるのかな、とか…なんとなく想像してみる。



かたや俺は余裕なんてゼロどころかマイナスで、涙の痕で顔はぐちゃぐちゃ。



腰は痛い、あそこは痛い。



ついでになにやってんだろうって、心も痛い。



童貞を捨てたことになるのか「処女」を捨てたことになるのか、…考えたくもない。



ずっと好きだった人に彼女が出来たからってあんなサイトで知り合った奴とここまでするなんて、自暴自棄だったとしても酷すぎる。



でも性別の壁のせいで告白も出来ないまま玉砕だなんてあんまりだ。





プラトンの『饗宴』には

大昔人間の祖先の性別は男性、女性、男女の3種類あった。
彼らは顔2つ、手足が合計8本あり、全体の形は球形であった。
彼らはあまりに強くて、神々の座を脅かそうとしていたので、オリンポスの最高神ゼウスは、力を弱めるために祖先たちを2つに切断して、現在のような姿にした。
それ以来、人間はもとの半身を求め、憧れ、一体になろうとした。
これをエロス(恋)という。






って書いてあったから、俺の気持ちは「間違い」なんかじゃない。



そんなふうに思う一方で、やっぱり人の目は気になる。



好きだって言えない。



好きだって思いたくない。



何度これは「友愛」だって自分に言い聞かせても、そのたびに違うと拒否される。



自分だけは騙せない。



素直になれたらどんなに楽だろう。





「呑むか?」





男がビールを差し出した。





「俺、未成年」



「いいじゃん。18なんて、外国じゃ大人だよ」





結局渋々起き上がり、無言で冷えた缶を受け取った。



プシュッ、とプルトップを引くと白い泡が頬に飛んだ。



TVのリモコンをいじる男を横目に、琥珀色の液体を口の中に流し込む。





「どう?美味い?」



「あんたの精液よりかは」





憎まれ口を叩きながらも缶を放さない俺を見て、ふっと苦笑する男の口角はあいつみたいだ。



泣きそうになるからやめて欲しい。





「おいおい涙目になってるぞ」





誤魔化すためにベッドサイドから眼鏡を探り当ててかけた。



俺の隣に座って頭をがしがし撫でてくる。





「父親みたいだ」



「おとーさんも撫でてくれんの?」



「父性を感じるってこと」



「そー?それは嬉しいなあ」



「どうして」



「いやー俺父親だから」





聞いてなかった。



失恋する前からメールで身辺についてはある程度把握していたのに。





「…それ、さらっと言うことじゃない」



「だって話したらアキ会ってくれなさそうだった」



「会わなかった」



「でしょ?誰かの幸せを壊すようなことはしたくないって言ってた」



「あたりまえじゃん」





遠くで何処かの学校のチャイムが鳴った。



TVでお昼のニュースが始まった。





「でもさぁアキ、誰かが不幸せにならないとアキは幸せになれないよ」



「他の方法で幸せになる」



「目ぇ逸らすなよ」





少し強い口調に男を見た。





「好きなヤツは手に入れたいだろ?」



「手に入れたいとかそういう…」



「極端に言ったら」



「…うん」



「幸せになりたいなら手に入れなきゃ。だめでも努力しろ。性別を理由にするな、変に妥協するな、自分に嘘つくな」





男の目から視線をはずせない。



今日の最高気温は34℃、快晴、絶好の洗濯日和。



空気を読めない電子機器のせいで、彼の言ってることを理解する前にどうでもいいことばっかり耳に入ってくる。





「なーんて、説教してみたり」





緊張していた空気を切り裂いて空き缶をごみ箱に投げ入れた。



そうだ、バスケしてたって言ってたっけ。





「アキと居ると調子狂うなー、セックスした後こんな話すんの初めてだ」



「ごめん」



「いや謝るとこじゃないよ」





無意識に飲んでいたのだろうか、両手の中で缶は半分体温を吸っている。





「あんたバイセクシャルだっけ」



「純粋なゲイだよ、頭では。まぁ、頑張れば勃つ。だから女と結婚して、娘ができた」



「なんで」





男はまた冷蔵庫を開けた。



機械音が響きだす。





「答えたくないならいいけど、自分で決めたことなら貫かないといけない、…気がする」



「つまり?」



「俺とこんなとこでこんなことしてちゃ、いけないってこと」





なんだか偉そうなことを言った気がして、残りのビールを飲み干した。



胃が燃えそう。



上気した頬を冷まそうと空き缶をくっつけると、凝結した水が首筋まで伝っていく。



彼は2本目を開けた。





「俺は娘の笑顔を見る度罪の意識に苛まれる…成長を感じる度に、嬉しいのと同時に辛くなる…」





何も言えない静寂。



懺悔を聞くような気分だ。





「これは大失恋を紛らわすための結婚に巻き込んだ妻と娘に対しての罪だ」



「これって?」



「罪の意識」





泣いてるのかと思うくらいか細い声。



さっきまでの余裕は何処へ行ったのやら。





「こんなやつに説教なんてされたくないよなぁー」



「あんたも悩んでんだな」



「悩みないやつなんていないだろ」



「うん。俺と一緒」



「ばーか、そうゆーことは例の彼に告ってから言えよ」





2本目を流し込んで彼の喉仏が揺れた。





「そう、だね…」





友達を1人失うことになるなぁ…



俺もちょっと物に当たるつもりで空の缶を投げた。



―カラン





「おぉ、ナイス」





それはきちんと男の缶の上からごみ箱の中に収まった。





「うまく伝えられるかな」



「だーいじょうぶ、アキなら」



「なんでわかるの?」



「そりゃお前のハジメテ、奪った男だからな」





この男が嫌いじゃなかった。



寧ろ好ましいくらいだが、もう会いたくなくなった。



もう会わない方がいい。



僕のためこの男のため。





と、
携帯のバイブがチェストを叩いた。



ベッドから降りるのを不精して引き寄せるのに使われる不細工な猫のストラップ。



受信メール 1件。



このフォルダ…見なくても誰かわかる。





「例の彼?」



「うん、」





『学校こないなんてめずらしーこともあんのな!風邪でも引いたか?』





なんとも言えない気持ちになった。





「アキ、学校、いってきたら?」



「そうしようかな」



気だるい体を叱咤激励して、少し皺になったカッターに袖を通した。



疲れているのかボタンを留める手に力が入らない。





「仕方ないなー」





裸のまま僕に目線を合わせるように屈んで、器用にボタン穴に滑り込ませていった。





「ありがと」





恥ずかしくて目を見れない。





「お代はキスでいいよ」





この先もう二度と会わないだろう男とするのは躊躇われたけれど、多分、僕もしたかったんだと思う。



背伸びをして唇を触れ合わせた。



酒のにおい。



そして、ゆっくり離れる。



恋人がするキスではないことを確認するために。





「柔らかいな、おまえの唇」



「あんたのが」





それからはもう、視線を絡ませることはなかった。



下着を着て、ズボンをはいて、身形を整えれば、ごくごく普通の高校生の姿。





「俺酒臭くない?」



「全然。ビール1本くらいじゃ変わらないよ」



「そう」





部屋のドアまで歩き出す。





「アキ、」





呼び止められて足を止めた。



ドアノブだけを見つめる。





「またメールくらいはいいかな?」



「あんたが娘さんを幸せにしてやるんなら」



「もうこんなことはない」



「なら、いいよ」





ノブに手をかける。





「アキ、頑張れ」



「うん…今日はありがとう」



「うん、じゃあな」





背中に受けた彼の声は暖かかった。











それっきり俺たちは会っていない。



やっぱり失恋をしてしまった俺からメールをしてしまって。



兄か父のように相談にのってもらっている。



おかげでかは分からないが、「例の彼」は俺の気持ちを聞いた後でも友達でいてくれているし、ゲイに理解をしめしてくれている。





「機嫌良さそうじゃーん♪何?彼氏でもできた?」



「ただの友達だってば」





彼に笑顔を返しながら僕の指はそっと送信ボタンを押した。













backnext

12/18ページ


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!