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貫通のお話












「俺、誕生日だから」



と言って、彼は僕にニードルを握らせた。



「オロナインつめて」



白い指で軟膏を押し付け、自分はさっさと風呂場に行ってしまった。



暫くポカンと手の中を見つめる。



誕生日だからセックスしようと思ったのに、プラトニックにも程がある。



はぁ、



ため息をついてニードルを握り直し、白い軟膏に突っ込んだ。



ぐちゃぐちゃに混ぜながら、彼の中をこんな風にしたかったのにと心中で呟く。



「出来た?」



軽くシャワーを浴びるだけで帰ってきた彼が、白濁まみれの切っ先を覗き込んだ。



「うん。でもまた開けるの?…ピアス」



「そ、拡張するより楽しいからね」



「耳の…何て言うんだっけ?」



「ロブ?」



洗うつもりはなかったのに濡れてしまった、というふうの髪をタオルドライする手は休めないまま答える。



「ロブは0Gで十分だよ」



僕の言葉に猫毛の先から水滴を一粒落として頷いた。



「俺もそう思う。だからさぁ、」



タオルを放り投げて横の髪を耳にかける。



そして無造作に束ねて左手で持ち、うなじをパンパン叩いた。



「ここに開けてよ」



「…自分でするんじゃないの?」



こんなとこに出来ると思うの、と逆に聞かれた。



それでも僕は大穴の空いた彼の耳の記憶を辿りながら、頭の隅っこで白いうなじに滴る赤を想像して拒否した。



そんなの、無理だ。



「開けてよ」



「スタジオで開けたらいい」



「金ないもん」



うなじには“stupid?”の刺青。



「体、大事にしなよ」



付き合いだしてすぐ、初めてのピアスを開ける相談をされた後で初めてのセックスしたとき、彼の耳の軟骨をかじった。



「そこは、人より厚いからだめだね」



熱っぽい声で囁かれて、凄く燃えたのを覚えている。



それから開ける場所はノーマルに耳たぶに決定して、彼はスタジオに行った。



「ねえ、はやく」



セックスの時と同じように誘う。



“stupid?”が僕をわらった。



そうだね。



僕はバカだ。



「はやく、今日じゃないと君じゃないと意味がない」



後れ毛が左手を逃れてもとの位置に収まるように“stupid?”を隠す。



僕はそれを少し乱暴に払い除けて首の皮を摘まんだ。



「ここ絶対排除おきるよ」



「そしたらまた開けてよ」



か細い声。



少し震えた。



「いいよ」



いいよ、と言うより、「開けさせてくれ」と乞うべきか。



何度排除が起きても、汚い痕が残っても、何度も何度もここにニードルを刺したい。



それは決して加虐心ではなく、ただ何度「排除」されたって一緒に居たいという僅かな願い。



そう思って一思いに突き刺した。



「っ!」



予告なしの攻撃に、彼の体が跳ねた。



痛みに耐える顔を見たかった。



けれど見たら止まらない気がした。



肩で息をついて、彼は喉をならした。



首筋を伝う、汗か水かわからない透明。



ニードルはまだ刺さったまま。



「もう…抜いて良いと思うんだけど」



僕の中のサディスティックな血を見透かしていたような瞳が笑いながらこちらを向く。



その目を見ながら、ニードルを引き抜いた。



動じない。



「ごめん」



何となく言ってみた。



「何が?」



と聞かれて、何かが益々申し訳なくなって、優しく乾きかけた髪を撫でる。



「閉じる前にこれ入れて」



と銀色に光る細いカーブバーベルを手渡された。



それを慎重に首の傷に差し込む。



難なく埋まった銀色ごと、エタノールを吹き付ける。



血は思ったより少ししか出なかった。



穴が赤い。



いつまでも腫れが引かないそこを想像すると、ぞくりとした。



まるでヤり過ぎた後の、熟れて真っ赤に捲れ上がった秘孔のよう。



彼の赤い唇が動く。



「ありがとう」



その言葉で思い出した。



「誕生日、おめでとう」



遅れて紡いだ言葉に、深い意味はない。



ただ君と僕の関係の、未知の部分に、恐れと期待を抱いているだけ。



ただそれだけ。



そう思って僕の愚かな両腕は、彼を抱き締めた。



あの日の血の臭いなんてもう覚えていない。













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あきゅろす。
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