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迷子のお話












黙って歩く彼の背中を、ゆっくり追いかける。



少し急ぎ足になる制服の足元は、水溜まりの跳ね返りでじんわり色が変わって鼠色になっている。



雨のやんだ雲はすっきりと白い。



8月も終わりの風にしては冷たいそれが、彼の柔毛を優しくなびかせる。



「ねぇ声掛けないの」



しっとりと湿気を帯びた前髪を無造作に払い除けながら、彼は踵を返した。



足にピタリと合っている彼のローファーは、彼の革の鞄と同じく絶妙な擦りきれ方をしている。



「ねぇ」



再び非難するような言葉を浴びせかけられて、ようやく俺は物思いの呪縛から解放された。



「タイミング逃した」



タイミングも何もあったもんじゃない。



と彼も思っているだろうが、思っていること全部を口にしないのは俺たち2人の間に何となく出来た空気。



「俺ついてこなくていいって言ったよね?」



可愛い顔して俺とか言うな。



なんて諭しても、こいつは絶対聞く耳持たない。



ので、普通に返事を返してやる。



「心配だったから」



「なんで」



「おまえ方向音痴じゃん」



「俺が行きたいとこ分かってない奴が付いてきても意味ない」



まぁ、もっともな意見だ。
が、



「少なくとも一緒にいればあれこれ気を揉まずにすむ」



そんな俺の保護者のような思考回路に、納得したようにまた歩き始めた。



その背中に、もう一言だけ声をかけた。



「方向音痴は女性ホルモンの過多が原因らしい」



ほんとかどうかわからない説だが、なんとなく言ってみたかった。



彼は水溜まりを迂回するついでにくるりと右回りに1回転して見せて、



「俺は方向音痴じゃない」



と笑った。



こいつほど気持ちの上下が分からない奴はいない。



攻略しがいがある、と内心呟いたのはもちろん内緒で。



男にしては可愛すぎるくらい可愛い笑顔を眺めた昼下がり。












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あきゅろす。
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