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3.


やっぱり無理だな。
どうしようもないな。
掴まれた腕がこの上もなく嬉しい…なんて。
ほんとバカだな、あたしって。
そんな胸の痛みに苛まれる。
いいから離せ。
こっちに来い、と。
尚も声を荒げる男に、極冷やかな一瞥をくれて。
「どうする、松本。お前はアレと行きてえか?」
あたしを見据える冷えた眼差し。
好きにしろと言わんばかりの全てを委ねた口振りの癖に、その手は今もあたしの腕を捕えたまま。
抱き着くあたしを押し戻すようなこともなかったから。
「いえ、たいちょと帰ります」
心はとうに決まっていたも同然だった。
緩く頭を振ったあたしに、どこかホッと安堵したように吐息して。
改めてあたしの腕を引く。
「悪リィな。詫びにもならんがこいつの飲み代は置いていく」
そう言って。
去り際卓へと置かれたお金は、明らかに今日のあたしの飲み代を軽く超えていた。
「ったあいちょ!」
「うっせ。いいから帰んぞ」
最早一分一秒もここに居たくないと言わんばかりの苦々しさで以って、店を後にする。
尚もあたしの腕を引く。
足早な歩みに少しだけ、覚束なくなってもつれる足を叱咤して、前を行くあのひとの背中を追う。
だけど冷静になって考えてみると、否応にも違和感が湧く。
…おかしいな。
なんであたし今、このひとと一緒に居るんだろう。
手を、取られているんだろう。
――明日が仕事だから迎えに来た?
そんなこと、久しく無かった筈なのに。
そもそもあたし、今夜は然して飲んでもいないし、もう後ちょっと頃合いを見て、隊舎に戻るつもりでもいた。
だから本当にお迎えの必要なんてなくって。
そう言ってやることも出来た筈なのに。このひとに。
こんな強引に連れ帰る必要だってなかったのに。
…なのに、どうして。
どうしてこんなことになっているんだろう。
前を行く、広い背中を目で追い思う。
「たいちょ」
息が上がる。
呼び掛ける。
それでもあのひとは振り返らない。
…けど、歩みは少しだけゆっくりとしたものになる。
息がすっかり乱れていることに、もしや気付いてくれたのかしら?
だから意を決してもう一度呼び掛けてみる。
「たあいちょ!」
振り返らない。
返事もない。
だからやっぱり何もわからない。
いったい何を思ってあのひとが、ここにいるのか。
どうしてこの手を繋ぐのか。
(ああでもこれ以上呼び掛けたところで舌打ちのひとつもされちゃいそう)
そんな躊躇いに俯いた先、するりとあのひとの手が手首を離れて。
「…え?」
今度は指先を捕えて絡み付くから。
慄きの感嘆が、上がらなかった筈もない。
(え…だってこれ、恋人繋ぎ?)
いや、だから何でっ!?
それもどこか躊躇うように。窺うように。
絡め取られてしまったあたしの指先。
こんなことは初めてだったから、とうとうあたしは
「ったあいちょ!」
非難も込めてその名を呼んだ。
キュと縋ってしまった羽織にあのひとは、ようやっと歩みを止めて。
「――悪リィ」
そうして何でか開口一番、あたしへと向けて詫びたのだった。









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