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12.


「だいたいさあ、よっぽど好きじゃなかったら産まないでしょ、普通。15のガキんちょの子供なんて。そんな生半可な気持ちで20歳そこそこの女の子が、たった一人で子供を産めると思うかい?」

挙句、その後もチクリチクリと諭されて、最早返す言葉もない。
ああ、だが…そうだ。
確かにそうなのだ。
たった一人で子供を産んだのだった、あの女は。
だが、どうやって?
金はあったのか?
家は?
家族は?
俺のことは話したのだろうか?
(いや、そうであれば先ず間違いなく堕ろせと言われたに違いない)
例え俺がアイツの親でも、結婚もせずに子を産むなんてこと、怒り狂って反対するに違いない。
それをアイツはどう説得をしたのだろうか?
疑問に思って目で問うた先、オッサンがやれやれとばかりに小さく肩を竦めた。
「まあ、これは僕も酔ってる乱菊ちゃんから聞き出しただけの話なんだけどね」
そう前置いてオッサンは、チビを手招き今度は急ごしらえのサンドウィッチとミルクを「パパの奢りだよ〜」と言って与えると、俺の傍らの椅子へと腰を下ろした。
つまり、チビには余り聞かせたくない類の話ということだ。
「…で?」
先を促す俺に溜息を吐いて。
さっきより幾分抑えた声で、オッサンはゆっくりと口火を切った。

「君がどこまで乱菊ちゃんの家庭事情を知っているかは知らないけれど、どうやら彼女はあんまり家族仲の良くない家庭に育ったらしいね。両親どちらも幼い頃から自分には興味が薄かったって、寂しそうに言ってたよ。だからずっと仲の良い家族や親子ってのに憧れてたとも言ってたかな?…で、恋人である君との間に子供が出来た。どうするべきかを悩んでいたところに、突然ご両親の離婚話が持ち上がったらしい。離婚を決めた父親と母親、どっちに付いて来るのか身の振り方を考えろっていきなりのように迫られて。結局、どっちを選ぶでもなく一人で家を出ることにしたらしい。無論、妊娠していることは両親どちらにも告げないままにね。だからって、別に引き止められることもなかったし、むしろ出てってくれて助かったとばかりに二人共に喜んでいたとも言ってたねえ」

酷い話だろ?と矛を向けられて、つい眉間に皺が寄る。
付き合っていたその当時、親との折り合いが余り良くない話はたびたび耳にしていたけれど、よもやそこまで酷いとは思いも寄らなかったのだ。

「大学卒業までの学費と生活費だけは面倒みてもらう約束をして、後は新たに部屋を借りる資金だけ用立ててもらって彼女は家を出たって話さ。と言っても、実際はその足で大学中退の手続きに向かって、手元に残った残り一年間の学費は丸々出産費用に充てたってんだからしっかりしてるよねえ」

どこか遣る瀬無い顔でくつくつと笑ったオッサンは、けど、それだけじゃないとも言った。
出産までの間も出来る範囲でバイトを重ねて貯蓄を増やし、節約に節約を重ねて何とか今日まで親子二人、暮らしてこれたのだとアイツは笑い飛ばして言ったらしい。
…ずっと『家族』が欲しかったから、と。
苦労を苦労とも思わない、満面の笑みで言ったらしい。
それを聞かされ俺は、ものの見事に言葉を失った。
そうまでして松本が望んだものに。
欲した『形』に。
――思い描いていたものは、極ありふれた家族の日常。
親が子を思い、子が親を慕う。
極、ありふれた家族の愛情。
自分には決して与えられることのなかったそれを、求めて…求めて手に入れた。
たったひとりの小さな家族。
『ありふれた家族』と呼ぶには些かパーツが足りないけれど、松本は、それでもその枠組みの中に懸命に、俺の面影を描いてくれた。
蓮の父親として、…この俺を。
俺の存在を、色濃く思い描いてくれていたのだ。
決して切り捨てるのではなく、大事に育んでいてくれたのだ。
これまで、ずっと…。
想い出の中に。
育つ、子供の心の中に。


(では、今度こそあの女は、逃げ出さずに向き合ってくれるだろうか?…この俺、と)


忘れたくとも忘れられずに、抉られた傷とあの女の落としていった抜け殻とを、後生大事に抱えてこの6年をたった独りで生きてきた俺と…。





*
*


「ごちそーさまでしたあ!」
ぺちんと乾いた音を立て、行儀良く両手を合わせてちんまり頭を下げたチビっ子は、飯を終えると再び俺の元へと駆け寄ってきて、そのまま膝の上へと乗り上げた。
「いやはや、この短時間で君も懐かれたもんだねえ」
入れ替わるように立ち上がったオッサンが、からかうように言い残してから皿を片付けに奥へと引っ込む。
その間も、キラキラと光る翡翠の瞳はひたすら俺へと向けられている。
ぶらぶらと膝上で揺れるちいさな両足。
満面の笑み。
嬉しさを隠し切れないその顔で。
「パパは蓮とママをおむかえにきてくれたの?」
期待を込めた碧い瞳に問い掛けられて、息を呑む。
そんな目で見つめられて、そんなつもりはなかった、なんて。
ただ、文句をつけに…。
この6年分の憤りをぶつけにきたのだ、なんて。
今更…もう。
そんな取り繕ったような『嘘』なんて、口に出来る筈もない。
(ああ、そうだ)
ただ、会いたかったのだ。あの女に。
そうして出来ることなら取り戻したいと思ったのだ。
あの夏の続きを…あの女を。
だから。


「…そうだよ」


迎えに来たんだとその小さな耳に向けて告げたなら、期待通りの『答え』が返ったことに安堵したコドモが、噛り付くように首に飛びついてきた。
そのちいさなからだを抱き留めて。
淡い金色の髪をくしゃくしゃに撫ぜ、翡翠の瞳に目を凝らす。
その存在を目に焼きつける。
そうして不意に緩める口角。
「うっし!そうと決まったら、いっちょあのバカを迎えに行って来るか!」
声に出して、腹を括る。

どう考えても前途は多難。
この小さな手のひらを取ることで、歩む道のりは決して楽ではないだろう。
そもそも15で5つも年上の女を孕ませて、21にして隠し子の存在が発覚したなんて、下手すりゃ親は半狂乱に陥りそうだ。
けど、それだけじゃない。
周囲の理解が得がたいだろうことだって、想像に難くない。
非難されても仕方ない。
それでももう、二度と手離したいとは思わない。
どこにも行って欲しくない。
切り捨ててなんて欲しくない。
ならば、全力で捕まえるまでだ。
決して逃すことのないように。
この先の人生どこまでも、親子三人手を繋ぎ、ひと山もふた山も…共に乗り越えてゆくために。



「ってことで、オッサン。アイツの家、教えてくれるか?」

厨房から戻ってきたところを問うた俺に、苦笑を浮かべたオッサンが。
何故か「それなら多分大丈夫だよ」と暢気に言った。
「向こうにもいい加減、七緒ちゃんから連絡が行ってる頃だろうからね。…っと、ほーら、早速おいでなすった」
肩を竦めてひょいと視線を向けた先。
バタバタと忙しなく駆け寄ってくるやかましい足音が耳を突く。
釣られるように視線を流す。
やがて、バン!と乱暴にドアが開く。
けたたましいまでの音を響かせ、ドアベルが鳴る。
店の中へと息せき切って飛び込んで来たのは、思った通り。
目にも鮮やかな、ハニーブロンドの長い髪の女だった。






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あきゅろす。
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