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4.


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あたしもこの秋で二十二となる。
幾ら婚約者がいたとは云え、実際に顔を合わせたことなど数えるほど。
片手で事足りる回数しか顔を合わせたことのない相手に、深い情など抱けるわけもない。
況してや元王太子が身罷ったのは五年も前の話なのだ。
そこから結婚相手が代わり続けて、嫁入りまでもが遅れに遅れて。
――結果、少しばかり行き遅れであるこの年まで、恋のひとつも知らない、心惹かれる男がただのひとりもいなかったわけがないのである。
むろん、軽々しく一線を越えるような愚かな真似などしていない。
それでも雁字搦めのこの身を嘆いたことは、一度や二度のことじゃない。
なのに、あたしの方から婚約を破棄?
そうなるように働きかけてくれ?
…バカなことを言ってくれる。
そんなことが出来るものなら、とうの昔に実行していた。
皇女の身分も許婚も捨てて、国も捨て、とっくに惚れた男にこの身を明け渡していた。
誰に言われるまでもなく、自由を勝ち取っていたに違いないのだ。
――けど。
出来るわけがない。
許される筈がない。
義務と責任とを投げ打って、逃げ出したあたしをいったい誰が受け入れてなどくれるものか。
仮に恋した相手が貴族であれば、事の重大さに慄くだろう。
では、しがらみなどない平民であったなら?
自由になれた?
この身を受け入れて貰えた?
…そうね、せいぜいその荷の重さに男の方こそが恐れ戦いて、裸足で逃げ出していたんじゃなかろうか。
土台自由など夢のまた夢。
逃げることなど、土台無理な話なのだ。
駒として生きて、駒として死ぬ。
例えそれがどれほど自分の意にそぐわなくとも。
嫁ぐ相手が入れ替わろうとも、文句のひとつも言えない。
場が整うのを待つしかない。
言いなりに嫁ぐより他はない。
決して愛されるようなことはなくとも。
疎まれようとも、この国の王妃となるより他ないあたしの運命。
それをわかっててそんな残酷なことを言うのか、と。
詰め寄ったところで明らかに、王様の顔色が悪くなる。
「わっ、悪かった…」
ちょっぴり泣き出しそうな掠れ声で、小さく告げられた詫びの言葉。
さすがは元天才児。
理解が早くて助かります。
「そりゃあ…そうだよな、言われてみれば正論だよな。ガキの俺でさえ想う相手がいたんだ、お前にそう云う相手がいないわけがねえんだよな」
至極気まずげに口にして、がっくりと項垂れる。
落ち込んでいる銀色の旋毛。
(でも、ま。こう云う素直なところは嫌いじゃないのよね)
むしろ好ましく思っている。
うん。
ちゃんと反省の出来る男は嫌いじゃないわ。
「ま、わかって下さったんならいいんです。…と云うことで、婚約破棄は無理でも、気に入った子を幾らでも側妃として迎え入れることに反対はしませんから。…まあ、そこだけ譲歩して下さったんなら、あとはおーさまのお好きにどうぞ?」
知ったことではないと言い置いて、あたしがおーさまの御前を辞したのは、――彼是五年も昔の話となる。










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