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9.


初めて触れる、やわらかな髪。
くしゃりと撫でた、小さなあたま。

気がつけば。
戸惑い以上に湧き上がる、得も言われぬ感慨に、突き動かされるように触れていた。
そんな俺へと向けられる、冷ややかな眼差し。重い溜息。
「どうするつもりなのかな、君は。そんな小さな子供に期待を持たせるような真似をして」
先ほどまでとは明らかに違う、険を含んだ低い声。
…確かにこのオッサンの言う通りだろう。
伸ばした俺の腕の先では、無邪気に子供が笑っている。
はにかむように。
照れ臭そうに。
この腕に、その小さなからだを委ねている。
「君は…その子の言った『話』が真実である可能性も、君がその子の父親である可能性だって。正直…かなり疑わしいとは思わなかったのかい?」
多分に苛立ちを含んだその声に、今尚淡い金糸に触れたまま、俺はオッサンを仰ぎ見た。
絡む…視線。
その剣呑な眼差しは、さっき俺へと垣間見せた、まるで『何事』かを見極めようとする鋭い視線とやけに酷似していたから、ああ…そう云うことか、と。
ようやくそこで合点がいった。
「つか、オッサン。話は変わるが、コイツが幾つかアンタ知ってるか?」
ついでに誕生日なんかも知ってるんだったら教えてくれよ、と。
口にした言葉は余りにも予想の斜め上を行っていたのだろう。
オッサンは少しだけ面喰ったような顔をして、それでも意図を察したのか「7月の終わりで5つになるよ」と、渋々俺へと明かしてくれた。
「…で?思い当たるような節でもあったかい?」
あけすけに問われて眉を顰める。
(当たり前だ)
思い当たるも、何も…。
「それだと俺の子供ってことで計算が合う」
極・淡々と答えた俺に、オッサンは。
「やっぱりねえ」と。
軽く肩を竦めると、項垂れたようにもう一度。
これ見よがしに、重い溜息を吐き出した。
無論、ちゃんとした妊娠週数だとかいつ頃出来た子供なのかとか、そんな詳しいことまでは知る由もないしわからない。
だが、俗に聞く『十月十日』ってヤツが本当ならば、俺と付き合っていた頃に出来た子供で先ず間違いなく計算は合う。
それに思い当たる節だって、全くないってワケじゃない。
一応避妊には気を遣っていたつもりだけれど、何分あの頃は覚えたてのガキだったからな。
初めて付き合う女相手に…松本に、それ相応に盛っていたのは否めない。
況してや今となっては避妊が完璧だったと言えるかどうかもわからない。
ゆえに、可能性としては限りなく『黒』に近い筈だ。
加えて、この目だ。この髪の色だ。
面差しだって、最初は松本そっくりだとか思ったけれど、よく見りゃ個々のパーツはどちらかと云えば俺に似てないこともない。(ような気がする)
そんで、名前が『蓮』だろ?
松本自身がコイツに、父親は銀髪・緑眼だって言い聞かせていたんだろう?
(つーか、緑眼はともかく銀髪だぞ、銀髪!いるのか、他に。そんなヤツが)
となれば、どう考えても否定するだけの理由がねえ。
むしろ否定する理由を見つけるほうが難しいだろ、『コレ』前にして。
無邪気に笑い、俺の腕へと縋りつく。
この生き証人を目の前にして。
「…てゆーか、オッサン。そう云うアンタの方こそホントは気付いてたんじゃねえのかよ、コイツの父親が『俺』じゃないかって」
横目でギロリと睨み上げれば、「やだなあ、何の話だい?」と、飄々とした顔でつらっと言ってのけやがる。
(この野郎)
「とぼけた振りしてんじゃねえぞ。散々ひとの顔食い入るように観察してくるわ、いちいち話に突っかかってくるわ。挙句、さっきの『やっぱりねえ』ってヤツだ。アンタの方こそ先にコイツの父親が『俺』じゃねえかって、気付いて勘繰ってたんだろう?」
ケッと舌を鳴らして言い切れば、オッサンは「ご名答〜」と暢気に笑って、パン・パンと拍手を打つ。
そのぬらりくらりとした態度にまたひとつ、チッと小さな舌打ちが漏れた。
だがオッサンは、尚もあははと笑うばかりだ。
「まあ、君がこの店に入ってきてすぐに、あ…もしかしてと思わなかったと言ったら嘘になるかな?…とは言えそれにしちゃあ年が若過ぎるし、確証を得たのは君が乱菊ちゃんのことを切り出した時になるけどね」
そう言って。
胸ポケットから煙草を取り出し、一本口へと銜えたオッサンは、なれた仕種でその先端に火をつけた。
「なんたって僕もこの子から散々聞かされてきたクチだからねえ、『ママから聞いたパパの話』ってのを。曰く、銀色の髪に緑色の目をしたとびっきりのイイ男ってんだから、そりゃあもうすぐに気が付いたよ。なるほど、ってねえ」
そうして尚も笑う。肩を震わせ、くつくつと。
(にゃろう)
それから息を整えひと口吸い込み、ふうと紫煙を吐き出したところで。
「ガキの前だぞ、オッサン」
間髪入れずに咎めれば、「ああ…そうか」と苦笑混じりに銜えた煙草を灰皿に押し当て、ギュッギュと火を揉み消すと、何とも口寂しそうに溜息を吐いた。
その豪く残念そうな横顔に「ざまあみろ」と思ったまでは良かったが、生憎俺の方でも笑えない状態に陥っていた。
参ったことにその隙に、すっかり懐いてしまった子供が俺の膝の上へとひょっこり乗り上げてきたのだった。
(いや、まあ…別にいいんだが)
別に悪かあねえんだが、どうにも慣れねえ。
つか、こそばゆい。
初対面の子供にこうも懐かれるのも初めてならば、膝の上へと乗り上げられるのも初めてなのだ。
何よりこの年でいきなり「パパ」と呼ばれているこの『現実』に、やはり頭が追いつけていないらしかった。
そんな戸惑い気味の俺とガキとを交互に見遣り、また口元を緩めたオッサンは。
「ちょっと待っておいで」
と、チビ助に言い置いてから厨房の奥へ引っ込むと、鼻歌混じりにジュースの入ったグラスを持って戻ってきた。
「はーい、蓮ちゃん。これ、君のパパが奢ってくれるって」
「うわーい!パパ、やさしい!だーいすきー!」
…って、ちょっと待てーい!
何勝手なこと言ってくれてんだとは思ったものの、手招きされるがままに俺の膝から飛び降りてオッサンの元へと駆け寄った子供は、大人しく一人で椅子に腰掛けると同時にゴクリゴクリと勢い良くジュースを飲み始めたから。
ああ、見るに見かねて助け舟を出してくれたのかと、思い至って逆にばつが悪くなる。
「その、…ドーモ」
「どういたしまして」
そうしてフッと力無く笑って椅子を引き、再び腰を下ろしたオッサンは、改めて俺を見据えると促すように切り出した。

「で…?君はどうするつもりだい」

問い掛け、は。
存外穏やかだったように思う。








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あきゅろす。
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