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5.


ひょいと視界に舞い戻って来た、一度は踵を返して先を行った筈の見慣れた靴先。
「ひつ…がや?」
「で、どうすんだよ今日は。うち来んのかよ。それともお前んちに行くのかよ」
のろのろと面を上げた先では日番谷が、何とも鹿爪らしい顔してあたしを見下ろしている。
「あー…、うちでもいいけど米しかねえぞ。どっかでなんか食ってくか?」
腹減っちまった…って、なんだコレ。
なんかもう、まったくいつも通りだ。
ええまあ、週末はいっつもお泊まりしてたので。
とゆーか、あたしが部屋へと日番谷を無理やりのように引っ張り込んでいたも同然なので。
だけどたまーに、極たまに。
日番谷の部屋に無理やり押し掛けたりもしていたので、そんな選択肢はまあまあ聞きなれたもの。
でも今この状況でそれ言っちゃう?
え?
だって別れ話したよね、あたし。
…保留状態ではあるけども。
でもでもあんた、好きな女の子が出来たのよねえ?
それでいて振る気満々なのよね、あたしのこと。
なのに泊まるの?
それ聞いちゃう?
(わからん。まったく以ってわけわからん!)
しかも戻って来てるし。
あのまま立ち去ったものと思ってたのに、どうやらあたしが付いて来ないことに気が付いて、わざわざ道を引き返して来たものと思われる。
「ええ…っと。何、企んでる?」
「はあ?意味わっかんね」
つーか、いいからとりあえず立て。
そう言って掴まれた腕。
ぐいと引っ張り上げられて、すっかりとへたり込んでいた腰を浮かす。
立ち上がればすぐにも逆転する視界。
見下ろすあたしと。
ほんの僅かとは云え、あたしを見上げることになる日番谷と。
――要するに、日番谷はあたしより背が低いのだ。
その上あたしがヒールを履いているものだから、どうしたってあたしの方が高くなる。
でも好きなんだからしょうがないじゃない?
高めのヒールとか好きなのよ。
フラットシューズもキライじゃないけど、今このカッコには似合わないんだもの。
(ま、こう云うところも可愛げないっちゃないんだけど)
ええ、知ってます。
…だって、ほら。
あたしを見上げてまたちょっとだけ深く刻み込まれた眉間の皺。
ねめつけるように眇めた瞳。
(まあ、見惚れますけどね?)
やだ、イイ男!
なーんてときめくだけなんだけどね!
そんな顔してもムダムダムダー!
「見つめちゃいやん」
「見つめてねえよ」
いつものノリでデレて見せれば、すかさずキツイ突っ込みが入る。
――うんまあ、これもお約束?
毎度のやり取りなのだけど、今日ばかりはちょっぴり胸が痛いです。軋みます。
だから、またまたあ照れちゃってえ!なんて、いつも通りに抱き着くことまでは出来なかった。
「…うん。ごめん」
代わりに口を衝いて出たのは、ですよねー!と云う同意の言葉に他ならない。
それでも何とか精いっぱい、あたしなりにおどけたつもり。
せめて場の空気をこれ以上、ギスギスしたものにしたくはなかったんだけど。
効果のほどは、どうやらイマイチだった模様。
日番谷ってばただでさえ不機嫌だったのに、ますます以ってご機嫌斜めだ。
「今日は随分殊勝じゃねえか」
調子狂うぞ、なんて皮肉が口を衝く。
でもそれってば当然でしょ。当たり前でしょ。
好かれてもないのを今更ながらに思い知らされて、あたしにしては珍しく、なかなかにショックを受けているので。
勢い余って別れ話まで切り出してんのよ、そりゃあ殊勝にもなるってもんよ。
…まあ、まだ別れてませんけど!
仕切り直してそっちから振る算段らしいですけども!
あーもう、どうでもいいから早く振ってくれないかしら。
こんな風にちくちくねちねち厭味言われたり冷たい目で見られたりとか、結構抉られるものがあるんだけれど。
あの子にして見せた表情との落差に、すっっごいくるものがあるんだけど。
それにお泊りとか今更過ぎる…。
えー、だってナニすんの?
こんな気持ちで今あたし、あんたのお世話とか焼く気も起きない。
抱き着いたり話しかけたり、いちゃいちゃべたべた突撃だって出来っこないもの。
だからきっと間が持たないと思うのよねー。
きっとすっごい居た堪れない気分になると思えばどうしたって二の足を踏む。
ひとり部屋に引きこもり、ヤケ酒呷って中島みゆきワールドに浸る方がよっぽど気楽に違いないとの結論に至り、途方に暮れたところで日番谷のスマホがぴこんと音を奏でた。









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