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7.



叫んだ瞬間、さっきまでの憂い顔は、一瞬にして払拭された。
と、同時に愕然とした。俺の方こそが。
絶叫の如く放った少女のそのひと言に。
…つーか、パパァ?!
浮かぶ、満面の笑みを湛えたまま、尚も俺を指差し興奮したように、パパだ!パパだ!!と、繰り返し叫ぶ。飛び跳ねる。
(いや、ちょっと待て!)
誰が「パパ」だと?!
いや、マジでお前…ちょっと待てええええ!!
だが、その興奮しきった様子に驚き絶句していたのは、無論、俺だけである筈もない。
オッサンも、同様に唖然とはしゃぐ少女を見つめている。
呆然とする俺とを交互に見比べている。
そうして豪く興奮したらしい様子の彼女はバタバタと俺の元へと駆け寄ってくると、「れんのパパだー!」と、しがみ付くように俺の腕へと抱き着いてきた。…から、また固まる。
「ちょっ…、ダメだよ!お兄さん、驚いちゃって固まってるよ!」
漸く我に返ったように、慌てて制止をかけるオッサンの声。
だが、尚も子供はぎゅうとしがみ付くばかりで俺の傍から離れて行かない。離れようとはしない。
ばかりか。
「ちっがーう!おにいちゃんじゃないよ、れんのパパだよ!!」
尚も言い募る、舌っ足らずで甘ったるい声。
「だって、れん。なんどもママに聞いたんだから…ママにおはなし聞いたんだから。れんのパパはれんとおんなじきれいなみどり色の目をしてて、キラキラの銀色のかみをしているのよ、って!だからこのひと、れんのパパだもん。パパなんだもん!しゅんすい、キライ!!」
オッサンに向けてべええと舌を突き出してから、縋るように俺を見上げる大きな瞳。
間近に迫る、俺の目の色と同じ翡翠の瞳。
日に透けて、淡く輝く金色の髪。
松本に良く似た面差しをした、小さな少女。
「つか、この子供って…もしかして」
「あ、うん…ごめんごめん、悪かったね。今すぐ保育園に帰すから」
さあ、もうわかったからこっちにおいでと尚もガキに向かって諭すオッサンの言葉は…だけど、誰の子なのかを確かめようとする俺の問い掛けとは噛み合わない。
否、意図的にずらされているとしか思えない。
思わず漏れる、鈍い舌打ち。
…そうじゃねえ。
そういうことを聞いてんじゃねえよ、俺は。
縋る眼差しを一瞥してから、やおら吐き出す。
深い溜息を。
「なあ、オッサン」
ぞんざいに呼びかけて。


「これ、アイツの…松本の子供だよな?」
「……参ったねえ」


問うたところで肯定されることはない。
かと言って、明確な否定もされてはいない。
況してや『松本』と呼んで通じた会話。
つまりこのガキはあの女の子供であると同時に、あの女の姓が『松本』のままである(若しくは元に戻った?)と云うことを示唆しているとも思われた。
だからと言ってこのガキが、本当に…俺の『子供』である確証なんて何もない。
(何しろガキの言うことだからな)
そもそも俺と別れた後、あの女が俺に良く似た特徴を持つ他の男との間に作った子供の可能性だって否定はできない。
(それこそ松本に聞かなきゃわからん話だが)
…だが、それでも。
そのキラキラと輝く翡翠の瞳に「まさか」と思わなかったと言ったら嘘になる。
金髪と呼ぶには少しばかり色素の薄いその髪に、自分の銀糸の遺伝を僅かでも、垣間見なかったと言ったら嘘になる。
それに少しだけ…どことなく、ガキの頃の俺にも似てねえか?などと、思わなかったと言ったら大嘘になる。
(まさか…だよな?)
心の片隅でそう思いはするものの、それでもやはり俺の子供である可能性を捨て切れないのだ。どうしても。
(だいたい、こんな銀髪・緑眼の遺伝子持った男なんて、そうそういねえだろ。どう考えても)
それに俺と松本が付き合っていたのは、6年前。
俺が15の頃の話なのだ。
このガキの年がそれこそ5歳になるかならないかであれば、計算としては充分に合う。
(つーか、むしろドンピシャじゃねえか?)
――だが、それならば…どうして?
そう思ってしまうのは詮無いことだろう。
もしこのガキが本当に俺の子供だったとして、なら、何故アイツは俺を棄てた?
何故俺の前から姿を消した?
それも、何も言わずに…突然に。
今も尚、どうしてこうも俺を遠ざける?
「意味…わかんねえし」
ガシと髪を掻き毟り、視線を再び傍らへと戻す。
戻した先で、見上げる視線とカチリと絡み合う。
縋る、小さなゆびさき。小さな手のひら。
否定されることを恐れるように、不安に揺れる、大きな瞳。
訴えかけるようなその眼差しに、ハアと溜息をひとつ零す。
…否。
どうして、なんて。そんなもの、今更考えるまでもない。
ガキ…だったからだ。
まだ、俺が。
だから姿を消した。
宿った命の灯を、消したくないと思ったから。
恐らくは、俺に知らせることなく、一人で産んで、育てる為に…。
そうして勝手に産んだ命を俺の前に晒したくないと思ったからだ。
知られたくないと思っているからだ。

(本当に、この少女が俺の子供だとするならば…)







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