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蝶降る空にきみはいない 1


「恋でした?」


そんな唐突に問われたところでよくわからない。
だってあんまり傍に居過ぎたから。
傍に居ることが当たり前で、そんな日常はこれからもずっと、連綿と続いてゆくものと信じて疑わなかったから。
その『大前提』が根底から覆されてしまった今、自分にとってのアイツが『何』であったのか、位置付けることがたちまちの内に困難となった。
――今は、もう。
傍らに居ない女の姿を、ふと脳裏へと思い描く。
思い出せるのは笑顔ばかりで、あれほど目にした筈の怒った顔も、拗ねた顔も。
時折見せた泣き顔ですら、今はもう殆ど思い出せない。
美しい女であった筈だ。
けれど存外可愛らしくもあった。
風にたなびく金色の髪も、透き通るような白い肌も。
その何もかもが美しかった。
嘗て俺の傍らに在った頃、結構な苦労を強いられて来た筈なのに。
今となってはそんな日常すら懐かしくもある。
…楽しかったな、と。
あれはあれで悪くなかったと、酔狂なことを思う自分に浮かぶ自嘲。
(ああ、そうだ)
もしかしたらあの感情は。あの想いは。
…恋、だったのかもしれない。
愛かもしれない。
はたまた敬愛だったのかもしれない。
親愛のようなものだったのかもしれない。
答えも出ない、ただあやふやなままに重ねた肌。
床を共にするたびに、好きだと紡いだ睦言の数々は、果たして心からのものだったのかすらも良くわからない。
もしかしたら、こうして肌を重ねることに『理由』と『意味』とを見い出したくて口にした、所詮甘言でしかなかったのかもしれない。
それすらも、今となっては良くわからない。
…恋、だったのだろうか?果たして、あれは。
自分の中で明確な答えを見い出す前に、この手の内から零れ落ちてしまった――すり抜けて行った女の面影にまた、キリリと軋むように痛む胸。
もっと早くに答えを出していれば。
自分の中で決着が付いていたのならば、今頃もっと違った未来があったのだろうか?
そんな詮無い『たられば』を、今日までいったい何度繰り返して来たことだろう。









*
*

――あの日。
千切れて空を舞ったネックレスを手に取り顰めた眉。
あいつに返してやることも、況してや捨てることも出来ないままに、今尚俺の手元に在る…それ。
いつか…いつか千切れたチェーンを直してやろうと思って結局、そのままになっていた。
直すまでは俺が預っていても構わないだろうと思ったから。
ネックレスだけでもせめて、今傍に居ないあいつの代わりに傍に置きたい、と。
願ったからに他ならない。
小さな巾着にしまい込み、常に懐に忍ばせてあるそれは、今やすっかり馴染んで久しい存在となった。
だから恐らくこの先も、俺がこのチェーンを直すことも、このネックレスを手放すこともないだろう。
そんな俺を女々しい、と。
このネックレスを、まるで形見のようだと嘲笑った女がそう云えばいたな、と。
ふと思い出す。
あいつと肌を重ねることもなくなり、距離を置き、暫く経ってから乞われるままに付き合った女だったか…。
こんな野暮天のガキのどこがいいんだか、はたまた『十番隊隊首』と云うこの肩書にでも釣られてなのか。









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あきゅろす。
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