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2.


「と云うわけで、今日からお前、胸元晒すな。項も出すな。ついでにベールのひとつも被ってろ」
「なんですか、それ」


言いしな呆れ口調に白い目を向けて来たのは、七つ年上の俺の妻たる女であった。
気だるげに掻き上げる金色の髪。
露わな白い胸元には、俺の残した噛み跡がふたつみっつ。
目に留めてムッと顰めた柳眉。
「おーさま、まあたこんなところにっ」
非難がましく文句を言われたところで、是正するつもりは微塵もねえし。
「そんだけ目立ちゃあ胸の開いたドレスは着れねえだろ。首まで隠したドレスでも着とけ」
「…あのですねえ、その方がよーっぽどオッパイが目立つってご存知です?隠すと余計エロいんですよー。そーゆー目で見られちゃうんですー」
おーさまのバカ!って、随分な口を利く。
けど、初耳だ。
隠すと目立つ…って、どう云う原理だよ。
「ああもう、明日の夜会で何着よう」
予定していたドレスがこれじゃあ着れませんって、ぶーたれながら伸ばす腕。
「いてっ」
そのまま軽く鼻先を摘ままれた。

「だいたいベール被ってろって、今更でしょ。これまであたしがどんだけこの顔晒して来たと思ってんですか」
「うっせ。普段俺の前じゃゆるゆるの顔してやがる癖に、無駄に濃い目の化粧もツンと澄ました顔も、好きじゃねんだよ。そう云うお前見て騒いでる野郎連中もムカつく」
「わっがままー!」

いやだ、おーさま!って無防備に笑って、ガキの頃みたいに抱き着いて来る腕の中の女。
昔は一方的に抱き着かれては抱き締められるだけであったが、多少なりともナリの育った今となっては、抱き返すことも容易となった。
(まあ、そうは云っても今以って、俺の方が頭半分以上低いんだが)
それでも四十センチ近く身長差のあった頃に比べれば、その豊満な胸に鼻先が埋もれて息苦しさに暴れるようなことも少なくなった。
くちづけひとつ交わすのだって容易になった。
こうして膝の上へと抱き上げることだって可能になったのだ。
(何しろ昔はこいつの膝上に抱き上げられてたわけだからな)
それに比べりゃ随分とマシになったとも言える。

「お前は確かに造作の整った綺麗な女ではあるが、俺からすりゃあどっちかっつーと、可愛い女…なんだよな」
「んふふ。あたしのこと、そおんな風に言って下さるのってばおーさまぐらいのもんですよ?」

こーんな七つも年上の女捕まえて、おーさまのたらし!って。
からかうように笑う女は、けれど満更でも無さ気に俺へと頬を擦り寄せる。
それとなく押し当てられる乳房と下肢の泥濘に、遠回しに誘われていることを知る。
(年上の余裕…ってわけでもねえんだろうが、こう云うあけすけなところもキライじゃねえし)
むしろ大変わかりやすくて非常に助かる。
喜怒哀楽がはっきりしていて、くるくると変わる多彩な表情。
本気で怒るようなことは滅多にないが、わりかしすぐ拗ねるし剥れもする。
…けど、それだってすぐに忘れる。
忘れてすぐに甘えて来るし、大口開けて笑ってもいる。
人前じゃ滅多に泣くこともないが、俺の前でだけひっそり涙を見せる。
――俺の前でしか泣けないのだ、と。
不器用に言って笑うおんな。
俺が十の頃からずっと傍に居た、妻として傍らに在った女が松本だった。









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