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6.


「てか、ここってアイツ以外に従業員っていないんスか?」
「…あれ?何も聞いてないの、乱菊ちゃんから。てゆーか君さあ、乱菊ちゃんの知り合い…なんだよねえ?」


しまった、今のは藪蛇だったかと悔やんだところで後の祭り。
幾分訝しげに問い掛けられて、思わず返す言葉に詰まる。
「知り合い…っつーか、その…。昔、ちょっと」
「『ちょっと』、…なんだい?」
「その…顔見知りというか、何と云うか。…つっても、もう何年も音信不通だったんスけど」
「…へーえ。昔、ちょっと見知ってただけで、しかも長いこと音信不通だった君が、何でまたここに?今更彼女に何の用があるんだい?」
突っ込みはなかなかに意地が悪く、容赦無い。
「そ、れは…」
「そもそも君と乱菊ちゃんとじゃあ、すこーしばかり年が離れているようにも見えるけど、いったいどんな知り合いだったのかな?」
畳み掛けるようなその問い掛けに、尚も追い詰められてゆく。
尚も言葉を失ってゆく。
そんな俺を、食い入るようにじっと見つめる鋭い視線。
まるで『何か』を確かめるように。
まるで『何か』を見極めるように。
「…ところで、君さあ」
眉を潜めたオッサンが、再び声を放った時のことだ。
バン!と音を立て、乱暴に開かれた店のドア。
チリンチリンと激しくドアベルが鳴る。
咄嗟、背後を振り返った俺の目に飛び込んできた人影は、松本――ではなく、幼い少女の姿だった。





*
*



「おんや〜?」
弾丸の如く突如店へと飛び込んで来た少女の姿に、一瞬にしてオッサンの顔が再びゆるいものへと変わる。
尚いっそうだらしなく相好を崩したその顔に、このオッサンの『本性』を垣間見たような気がしたのは果たして俺の気のせいだろうか?
「なんだい、また黙って保育園を抜け出して来たのかい?」
苦い笑いを浮かべて言ったオッサンの、その口振りからしてどうやら見知った子供であるらしい。
(それともこのオッサンの子供だろうか?)
だが、その割には雰囲気似てねえな・などと見当違いなことを考えながら、それでもこの少女のおかげでオッサンの気が逸れてくれた事に内心でホッと安堵する。
それから渇いた喉を潤すように、テーブルのペリエを呷って飲み干した。
そうして改めてその子供を盗み見る。
保育園を抜け出して…と言うぐらいだから、年の頃は、恐らく4つかそこらと言ったところだろうか?
(尤も、ガキの年齢なんて俺にわかる筈もねえが)
子供特有の、小さなからだに小さなあたま。
極・やわらかそうな猫ッ毛に、少しばかり色素の薄い金色の髪。
ふうわりとしたノースリーブのワンピースから覗く手足は、まるで棒切れのように華奢で細い。
生憎俺の位置からでは、ふわふわとした金色の髪に隠れた横顔が少し見えるばかりだったのだけど、その僅かばかりの横顔を窺い見てハッとした。
人目を引く金糸もそうだが、その面差しが…なんとなく、どことなく松本に似ているような気がしたのだ。
…まさか、と。
思わなかったと言ったら嘘になる。
(コイツ、もしかして松本の…子供、か?)
そんなバカなと否定するには心許ない、それほどまでに雰囲気は似ている。酷似している。
ではやはり、アイツは既に結婚していて子供を産んだと言うことなのか?
唐突のように突きつけられたその『現実』に、僅かばかりの衝撃を受ける。
――否、可能性として考えなかったわけじゃない。
その可能性を捨て切れなかったわけでもない。
むしろ限りなくあり得る『現実』、想定の範囲内の『未来』と言っても過言ではない。
(そりゃあそうだ)
アイツだって6年と云う歳月を経て、既に20代も半ばを過ぎているのだ。
子供の一人や二人いたところで、何ら不思議はないだろう。
結婚してたところでおかしかねえだろう。
「参ったねえ、今頃きっと七緒ちゃんが心配してるよー?」
「ななお先生?」
「そうだよ、早く戻ってあげなくちゃあ」
やんわり諭すオッサンに、ほんの少しだけ剥れたような顔をして。
「…だって、おゆうぎつまんないんだもん」
くちびるを尖らせ小生意気な口を利いた少女は、オッサンの苦笑を買っていた。
その少しばかり距離のある接し方から、やはりこの少女がオッサンの子供であるとは思えないような気がして、更に二人の会話に耳を澄ます。
「なるほどねえ。…けど、いくらここが保育園から近いからって、七緒ちゃんに黙って一人で脱走してくるのは頂けないなあ」
「じゃあ、ななお先生もいっしょだったらよかった?」
「……うーん、そういうことじゃあないんだけどねえ」
参ったなあと漏らしながら、更に苦い笑いを浮かべたオッサン相手に、少女はどこか憂いた溜息を漏らす。
「きのうからね、ママ…ずーっと元気がなくって、あさも起きたら目がまっかっかにはれててごはんも食べたくないの、って。なのに、そんなときにおゆうぎなんてしたくないもん」
顰めた眉に、曇る顔。
その仕種のひとつひとつから目が離せない。
そうして肩を落とすように俯いていた少女が突如顔を上げ、今、正に。『俺』の存在に気付いたとばかりに、俺の方を振り向いた時だ。
改めて真正面から見据えたその顔に、思わず釘付けになっていた。
食い入るように見つめた先、驚いたように目を見張る少女。
その顔、に。
その、キラキラと光るでっかい瞳に。
俺の目もまた大きく見開かれる。
(つーか、コイツ…!)
そうしてごくりと喉を鳴らした瞬間。
俺を指差し、ひと際甲高い声を張り上げ、少女が言った。






「――パパ!!」



…と。





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