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続・魔女の手ほどき 1

〜日番谷サイド〜




「えーっ、なによう。もう帰っちゃうのお?!」
「当たり前だ。飯奢ってくれるっつーから出てきただけで、外泊届けも何も出してねえんだぞ、俺は」
「なによう、つまんなーい」

そろそろ帰ると口にして、女の緩やかな拘束から抜け出そうと身動いだ。…ところを、再びぎゅうと抱き締められた。
やわらかな乳房に、より一層圧迫されて、ぐらり…一瞬意識が遠退きかけて踏み留まる。
今にもこみ上げそうになる劣情を、息を凝らしてやり過ごす。
拗ねたような眼差しも、ツンと尖らせたくちびるも。
甘えた声も仕種も何もかも、とてもじゃねえが俺より幾許も年上のオンナとは思えないほどにガキ臭く見える。
(変なオンナ)
変といやあ、相当に変だろう。
こんな院生のガキ相手に同衾強要するとかあり得ねえだろ、普通。
(変な死神)
その同衾すらも、押し倒されたその瞬間こそ「街で見かけた毛色の違う仔猫に興味を示し、戯れにからかったみてえなモンなんじゃねえの?」と皮肉混じりに思いもしたのだけれど、どうもそうでもなさそうだから良くわからない。
(何しろ「そろそろ帰る」と口にしただけでこうなのだ)
拗ねる。
剥れる。
甘えてくる。
挙句、帰るなとばかりに抱き着いてくる。
そもそもこうも拗ねられる理由も、ぶーたれられる理由もわからない。
俺には到底理解が出来ない。
(それともこれはただ単に、懐かれたってだけなんだろうか?)
――ただれのような首の痣を、俺が治してやったから?
だとしたら、随分お手軽な理由じゃねえか。
院生のガキの分際で死神相手に随分な言い種だとは思いもするが、何しろ他に思い当たる節などないのだからしょうがない。
そう表現するに値するだけの意味不明な態度を取って来るのだからもうしょうがない。
尚も帰るなとばかりに剥れる頬と、ぎゅうと押し当てられたやわらかなふくらみに、全く以ってしょうがない…ハアとひとつ溜息を吐いて、鼻先を埋めたすぐ先にある胸の突起へと舌を伸ばす。
その先端を舐め上げる。
と、同時に面白いほどに背を仰け反らせ、「んにゃっ!!」と色気無い悲鳴を上げて緩む拘束。
その隙を衝いて腕の中から素早く俺は抜け出した。
コトの最中散々見せ付けられたし押し当てられもしたけれど、結局一度として自分からは触れることのなかった女の乳房。
その先端をほんのひと舐めしたに過ぎないのだが、どうやら女の意表は衝けたらしい。

「っあ、あん…った、いきなり何すんのよう!!」
「しょうがねえだろ、寮の門限まであと一時間もねえんだよ、こっちは!」

慌しく服を着込みながら言い返す。
すると女はムウッと剥れて漸く大人しく黙りこくった。
乗じるように、長居は無用とばかりに身支度を整えながら、それでもほんの少しだけ気になったから、布団の上で剥れる女の横顔をちらりと横目で盗み見た。
白い背中と、なだらかなまでの曲線美。
だが、すらりと伸びた長い腕にも脚にも至るところに打撲や擦過傷の古い傷跡が幾つも幾つも残されていて、この女が如何に自分の身体をお座成りにしているのかが窺えた。
自身の身体が傷付くことも厭わずに、喧嘩上等とばかりに男勝りに刀を振るう女。
例え首の痣ひとつを俺が治してやったところできっと、この先も…後先考えることもないままに、この身体に傷を作ってゆくのだろう。
何ひとつ意に介すことも無く、この白く滑らかな肌に醜い痣を残してゆくのだろう。
(勿体ねえなあ)
思って、…思わず溜息が零れていた。



*
*


「んじゃ、帰っから、俺」
「………。」
「飯、サンキュ」
「…いいわよ、別に。お礼なんて。こっちだってこの痣治してもらったんだし、お相子みたいなモンでしょ」
「なら、さっきのありゃあ、お前の貸しひとつってことにならねえか?」
「じゃあ、オプションとでも思えばいいでしょ。てゆーか、そんなことはいいから帰るんだったらさっさと寮に帰んなさいよ。もうすぐ門限なんじゃないの?」


じゃあね、バイバイと投げ遣りに言った女は、どうやら本気で臍を曲げているらしい。
さっきからぶすくれたままに俯くばかりで、視線すらも合わせやしない。
さっきまでのようにニコリともしないで拗ねているのだから、ガキ過ぎる。
(つか、面倒くせえ)
こんなことぐらいで拗ねるとか、なんつーか…マジで面倒くせえんだけど、この女。
引き留めもしない。
勝手にしろ、と。
さっさと帰れと今度は追い出しに掛かる女。
その言葉尻に甘えるように「面倒くせえ」と放置したまま、このまま部屋を後にするのは簡単だった。
(そもそもそこまで深い仲でもなんでもないのだ)
ただ単に、流魂街で偶然出会ってこの道を示され、示された道を辿って瀞霊廷に足を踏み入れた。
その結果、たまたまこっちでも鉢合わせたってだけのこと。
その際、面白がったアイツに飯でも一緒にどうかと誘われて、一応恩人でもあるのだからと深く考えることもないままに、誘いに乗って飯を奢って貰って話をして、そのついでのようにただれた肌を治してやった。
ただそれだけのことなのだ。
――尤もその後の展開は、全くの予想外。ありえないハプニングとしか言いようがない。
ゆえに、今俺がこのまま部屋を後にしてしまえば、俺とこの女の繋がりはまず間違いなくここで途切れるだろう。
(当たり前だ)
死神の女と、院生のガキ。
そもそも接点なんてありゃしない。
この広いばかりの瀞霊廷で何の約束もないままに、こうして再び巡り会ったことこそ奇跡に等しい。
約束ひとつないままに、この部屋を一歩外へと出てしまえば、再び俺が自身の意思でこの部屋に赴こうとしない限り。
この女が自らの意思で俺の元へと訪れようとしない限り。
恐らくは、偶然にも顔を合わせることなど無いだろう二人。
それを知ってて女は俺を引き留めている。
まだ帰るなとぶすくれている。
(つまりそれは、この先も…俺との『繋がり』を望んでいると受け止めて然るべきなのか?)
今尚伏せられたままの青い瞳。
床の上、惜しげもなく晒された白い肌。
目にして脳裏に蘇るのは、生々しいまでの情交の記憶。
この俺の上へと跨り、腰を揺らして喘いだ女の踊る肌と――今はすっかり鳴りを潜めた、艶やかな笑顔。
余りにも女本位の強引な情交だったことは否めない。
だが、それでも…拒みきれなかったのもまた事実。
形振り構わず服を脱ぎ捨てたこの女に、酷く興味を惹かれて受け入れたのは『俺』なのだ。
(嗚呼、クソッ!)
思い出しては、漏らす舌打ち。
募る、言いようのない憤り。
「ねえ、…時間。いいの?」
立ち去ることも出来ずに佇む俺へと背を向けて、もういいから帰りなさいよとばかりに追い払うように手を振る女の態度にまた腹が立つ。
(畜生、誰のせいだと思ってんだよ!)
出口無きその苛立ちに、俺はガリリと自身の銀糸を掻きあげた。







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あきゅろす。
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