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魔女の手ほどき 2



そうして治療を開始してから一時間を少しばかり回ったところで、あたしの身体に残されていた、ただれのような醜い痣は綺麗さっぱり消えてなくなった。
「うわあ!痕が全然残ってなーい!」
姿見の前ではしゃぐあたしにすっかり疲弊しきった様子のあの子は、「背中も文句なしに綺麗になったぞ」と後押しをした。
「うわあ、うわあ!これでもうあっつい夏もスカーフいらずじゃない、あたし!」
ホントにねえ、夏は日々あせもとの戦いだったもの。
「つか、院生なりたてのガキの俺でもここまで治せんだ。もっと早くに四番隊の世話になってりゃ良かったんじゃねえの?」
呆れたように尤もなことを言う子供は、すっかり冷めてしまったお茶をガブリと煽った。
「んもー、だから何度も言ったでしょー。十一番隊の看板背負っている以上、瀕死でもないのに四番隊の門を叩くなんて言語道断。下手すりゃ死ぬまでバカにされるのがオチなのよって!」
幾ら女だからって、そんな生き恥晒せる筈がないでしょうって、腰に手をあて胸張って言ったあたしにあの子は、心底呆れたように溜息を吐いて。
それから「アホらし」と、小さく肩を竦めた。
「この先護廷隊に入ったとしても、お前のいる十一番隊にだけは配属されたかねえな」
「うわ、ほんっと可愛くなーい!」
くちびるを尖らせ、ぶーたれるあたし。
喉を震わせ、愉快そうに笑うあの子。
そんな、ぶうと拗ねたあたしに向けて、ゆうるりと伸ばした小さな手のひら。
何事かと身構える間もなくあたしの髪に触れ。
「首、綺麗になって良かったな」
くしゃりと髪をかき混ぜられた。
不意打ちに。
不覚にも目を奪われていた。
浮かべたあの子の穏やかな笑顔に。その眼差しに。
(うあー!うあー!!)
明らかに年下なんだけど、明らかに子供なんだけど。
そのお子ちゃま相手にうっかり『色』を感じてしまったこの時のあたしは、恐らく…きっと、ものすごーくハイになっていたに違いないと思うの。今となっては。
長年あたしを悩ませてきた、首の痣。
その醜い痣を、意図もあっさり消し去ってしまった目の前の子供…その中に。
底知れぬ才と器を垣間見た気がして、ただでさえアドレナリンも全開にハイになっていたこの時のあたしは、一瞬にして目の前の子供に傾倒してしまったのだった。
そうして気付いた瞬間、晒した上半身ものそのままに、湧き上がる情動と共にその小さな身体をぎゅうと抱き締めていた。
「どわあっ!」
突然のことに目を白黒させた日番谷のくちびるを、一方的に塞いでいた。
「うっ・わ…ちょ!待て!落ち着け、お前!!」
いきなりの抱擁。
いきなりの接吻。
驚きの余り、逃れるようにじたばたと暴れる小さなからだ。
尤も、制止をかけられたところで今更止まれる筈もなく。
あたしは更に、深く…薄いくちびるを塞いでくちづける。
逃げる舌を追いかける。
…てゆーか、ヤだ。
(キス、すっごい気持ちいいんだけど)
ひんやりとした薄いくちびる、薄い舌。
小さな口と小さな歯。
そのひとつひとつのパーツを味わうようにくちづける。
むき出しのあたしの肌に触れることすら躊躇って、押し戻すことも出来ないままにもがく小さな身体に乗り上げる。

「…つか、わざわざ治療してやた俺にいったい何の嫌がらせだ、テメエこれは」

図らずも畳の上へと押し倒される格好になり、憮然とした顔であの子が言う。
眉間の皺は、ニ割り増しの勢いで増えている。
でも、そんな仏頂面もさっきほどには気にならない。
「嫌がらせって…アンタも随分ねえ」
だから苦笑混じりに言って、今尚『への字』に歪むあの子の薄いくちびるに、再び一方的にくちづける。
「…オイ」
無論、すかさず抗議を受けたのだけど、それでもアンタ、敢えて顔を背けるような真似はしないのねえ。
それってちょっと不思議なんだけど。
(まあ、相応に不機嫌ではあるみたいなんだけど)
それでも無理矢理押し退けたりとかしないのって、もしかして…全く以って『その気』がないってことでもないのかしら?と、都合良くも前向きに捉えて綻ぶ口元。
「だから何の真似だっつッてんだよ、俺は」
尚も「降りろ」と口にはするけれど、それでもあたしを払いのけるような真似はしない。
声を出すたびに覗く舌。
不意に触れてみたくなったあたしが、調子に乗ってちろりちろりと舌を差し入れてみたならば、やっぱり驚いたように目を丸くして。
「やめろ」って押し留められはしたんだけど、ギロンと睨まれちゃったりもしたんだけど。
それでも突き飛ばすような真似はしないし、力ずくで退かせるつもりもないみたい。
よくわかんない反応だなあって思ってちょっと頭を捻りはしたのだけれど、それでもやっぱりあたしはこの子の上から退くつもりなんてなくて。
むしろもっと触れていたいと思ったから。
この痣のお礼がしたいなと思ったから。
「えー、何のマネ…って、治療のお礼・とか?」
思いつきのままに口にしていた。
当然あの子の目は『点』だ。
(いや、うん…さすがに言ったあたしもビックリなんだけど)
あーでもそうねえ、あたしに出来るお礼なんて、せいぜいこの自慢の身体活かすぐらいのことだもんねえ。
幸いにも嫌いなタイプじゃないし?
ついでにキスも気持ちよかったし?
身体の相性は案外悪くないんじゃないのかしらと勝手に決め付けてみたりして。



*
*


「要するに、身体で返そうかなーってだけの話よう」
「っな…!?ふざけんなっ!!」
「やあだ、別にふざけてないわよー、あたし」
「おま…治療の礼に男押し倒すとか、どう考えても正気の沙汰じゃねえだろが!」
「失礼ねえ、めちゃくちゃ本気なんだけど」
「尚、悪いわ!」

今にも噛み付かんばかりに罵倒されて、さすがにあたしも顔を顰める。
「んもー、うるっさいわねえアンタも。いいじゃない、別に。カラダで返すってあたしが言ってんだから、男だったらここは黙って据え膳喰らって置きなさいよ」
「いや、良くねえ!つか、誰もンなこた頼んでねえ!」
「うわ、…可愛くなーい」
その言い種に、更にあたしが呆れたのは言うまでも無い。
だいたい、無理矢理押し退けようとはしないけど、その癖断固拒否とか良くわかんない。
(そんなに嫌ならあたしのこと、突き飛ばすなり何なりしたらいいじゃない)
そのくらいできるでしょ、アンタなら。
そしたらあたしだって、あーそんなに嫌ならまあしょうがないかな?って頭のひとつも冷やすと言うのに、あくまでそこまでする気はなさそうなんだもの。
言葉はアレだけど態度としては、やんわり押し留めるだけなんだもの。
だから調子に乗っちゃうんじゃない。
(バカねえ、そんなこともわかんないなんて)
だから見上げるあの子の仏頂面もお構い無しに、いい加減引っ掛けてるだけで邪魔な死覇装を襦袢ごと脱ぎ捨てた。
「ッ!おい!!」
途端、仰天したように見張る翡翠の眼差し。
今度こそ覆う物なく晒されたあたしの上半身。
さすがのあの子もこれには動揺を隠せなかったようで、目をまんまるにして凝視してたからそれににんまりほくそ笑む。
「…てか、マジで洒落になんねえぞコレ」
舌打ち混じりにくしゃりと髪を掻きあげて、諦念混じりに吐き出す溜息。
「だからいいって言ってんでしょ、さっきから。別にあたしがしたいだけなんだし」
べえと舌を突き出して、そのままゆるりと前へと身体を倒す。
ジロリと眇めた翡翠はほとほと呆れ眼だったけど、近付くあたしのくちびるを…それでも避けるような真似はしない。
されるがままに、受け止めるだけ。
そうして触れ合わせたくちびるは、やっぱりひんやり気持ちがよくって、あたしは「ほう」と吐息を漏らす。
そんなあたしを間近に見据えて瞬く瞳。

「…ガキ相手に変なオンナ」

くちびるを離しただけの、極・至近距離。
およそ苦笑混じりではあったのだけど、浮かべたあの子の笑顔は存外穏やかで。
図らずもあたしの胸は再びキュンと高鳴っていた。
(ああ、くそ。やっぱり可愛いじゃない)
「なによう、変なオンナで悪かったわね」
ぷうと剥れて、もう一度。
喉を震わせくつくつと笑うあの子にくちづけたなら、ほんの一瞬目を眇め、それからどこか諦めたような溜息を吐いたあの子の舌が、初めてあたしに呼応した。…から、驚いた。
オマケに交わすくちづけの合間にそろりとあの子の帯を解いたのだけど、最早咎めようともしないではないか。
(おお?!)
「ね。もしかして…その気になったとか?」
短くはないくちづけの後、小首を傾げて訊ねたら、ほとほと諦めたようなぬるい眼差しで。
「…まあ、俺も一応男だしな」
ここまであからさまに誘惑されたらその気にもなる、と。
存外素直に認めたことに、苦笑が浮かぶ。こみ上げる。
そうしてこみ上げる嬉々とした感情のままに華奢なからだを抱き締めたなら、躊躇うように伸びた手が、今度こそそっと裸のあたしの背中に触れた。







日番谷サイドに続きます


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