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14.


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*

「あ、起きたんだ乱菊さん!」
「まあねー、もう元気元気!」

ばっちりよーって笑って乱菊さんが元気な姿を現したのは、その日の夕刻も間近のことだった。
「悪かったわね、家のこと。あんたに全部任せちゃって」
「や、別にそんな大したことはしてないし…」
だって実際洗濯だってやってないし、掃除だってざっと簡単にはたいて掃いただけ。
お昼ご飯もとーしろーはあんまり腹が空いてないから、って。
ほんとに朝の残りのお菜を口にしただけだったから、ほんとになんにもしていない。
なのでそんな風に言われてしまうと、何と云うか…逆に居た堪れないような気になってしまう。
「あら。でも夕飯、あたしの代わりに準備してくれてたんでしょ?」
「あー…まあ、一応?」
ほんとは昼に作ろうと思っていたオムライス。
だけどとーしろーが食欲がないって言っていたから夜ごはんに作ろうと思っていたのだ。
「あ。何これ、赤いどろどろの容器」
「ケチャップだよー。オムライス作るのに、実は家から持って来たんだ」
「おむらい…す?」
「そ。うちのママの得意料理。今から作ろうと思って。…あ、乱菊さんも食べれそう?」
「へーえ。聞いたことのない料理だけど、せっかくだから貰おうかなあ」
てことであたしの分もよろしくね!って笑う乱菊さんは、やっぱり病み上がりでも陽気で空気が華やぐ。
とーしろーとふたりきり、さっきまでちょっぴりだけど感じていた何とも言えない間の持たない気まずさみたいなものが、乱菊さんがここにいることで、がらりと変わる。
どこか和む。
…だからだろうか、とーしろーもどこか安堵したような顔をしている。
(敵わないなあ)
あたしととーしろー、一応夫婦ってやつなんだけど。
一応その筈なんだけど。
結構仲良くやってるつもりだったんだけど。
いざふたりきりになると、やっぱりどこかぎこちない。
こんな風に時々、どうにも気まずい空気が払拭出来ない時がある。
そーゆーとこ、あたしじゃまだまだなんだなあと思い知らされて、ちょっと凹みそうにもなるのだけれど。
疎外感。
やっぱり感じちゃったりもするんだけど。

「あ、すっごい神さま見て下さいよう!たまごでご飯が包んであります!」
「…ひとの耳元で騒ぐなよお前は」
「えー、だあってだってすっごい美味しそう!うああああ、あんたほんっっと料理出来んのねえ」
「少なくとも、お前の飯よか美味いぞ松本」
「あ。ひっど!」

そんなふたりの息の合った、実に仲良さげなやり取り。軽口の叩き合いを見ていると。
まあ…しょうがないかな?って思わなくもない。
(なんたって、ずっと一緒に居たわけですし?)
乱菊さんが今日までずーっとお世話を焼いて来たわけですし?
あたしが思う以上にふたりの絆は深くて固い筈だ。
それを、昨日今日形ばかりの奥さんとなったあたし如きが、太刀打ちできるわけないもんねー。
だからいいやってあっさり匙を投げた。
張り合う気持ちはすぐにも消え失せてしまった。
――それに。
乱菊さんがいてくれた方があたしも気楽だし。楽しいし。

「はいはい、乱菊さんの分も出来たから、ほら!」
「んん?何これ。卵の上に名前が書いてあるじゃなーい!」
「そ。乱菊さんのだから『らんぎく』」
「あ。じゃあ、神さまの分も書かなくちゃ!」
「そっか。で、とーしろーは?どうする?いる?」
「…赤い、よな。これ」
「赤いよー。だってトマトだもん」
「う…。じゃあ、くれ」

ちょっとこわごわ差し出した、お皿のオムライスの上。
ぐにゅんと書き上げた『とーしろー』の文字に、ちょっと弛んだ眉間の皺。
「…なんか、食うのがもったいねえな」
キラキラ翡翠の瞳で言ってくれるのが嬉しかったから。
――こんな毎日がこの先も、ずっと続いて行くんならいいや。
そう思っていた。
疑うこともしなかった。
ずっとこの地で。この森で。
あたしととーしろー、それから乱菊さんと。
三人で暮らす穏やかな日々がこの先も、ずっと続いていくことを。










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あきゅろす。
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