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9.


遅れて、バチャン!と水しぶきの音。
慌ててふたり、声の方を仰ぎ見れば、大きな向日葵を三本、腕に抱えた乱菊さんが肌蹴た着物姿で足を滑らせたのか、川の中で尻餅をついていた。
頭から水をかぶってしとどに濡れた、金色の髪。白い肌。
その酷く艶めかしい姿にあたしの方こそが、うっかり慌ててしまいそうにもなったのだけど。
まるで何ごともないように、むしろ呆れた声音で「あほか、てめえは」と。
すっくと立ち上がったとーしろーが、しょうがねえなあって言わんばかりにざぶざぶ川の中へと入っていくのを見送る。
向日葵を抱えたままの乱菊さんの腕を取る。

「はしゃぎ過ぎだ、バカ」
「うひー。ごめんなさーい、かみさま」
まるでどっちが大人でコドモなんだかわっかんないや。
肌蹴た裾を直してあげる、小さな指先。
「そこ、苔が生えてんだ。気を付けろ」
「あーい」

そうして手を引く。
川の中をゆっくり誘導する。
そんなふたりを前にして、やっぱりあたしは何となくだけど、相容れないようなどこか踏み込めないような、空気感を感じる。感じてしまう。否応にも。
(このもやもやは何だろう)
「ああ。悪かったな、放り出しちまって」

…っとに、このバカのせいで。
…あ、ひどーい、神さま!

そんなやり取りもどこか気安い。
あたしへと向ける笑顔とは、また少し違う笑顔。
そう。幼い癖に、どこか男臭さを感じさせるような…?
「こいつも濡れちまったことだし、そろそろ戻るか」
乱菊さんの腕から離れたとーしろーの指先は、どこか案じるように濡れた金色の髪へと差し伸べられる。
「へーきですよう、このぐらい」
「ンなわけあるか。びちょびちょだぞ」
「夏、ですもん。きもちーぐらいです!」
「そう言ってすぐ臥せる女に言われたかねえ」
誰が面倒みると思ってんだ、と。
忌々しげに口にして、名残惜しげに離れてゆく指。
――ううん、そう見えただけ。かもしれない。
わからない。…けど。
「っとーしろ!」
堪らなくなって、思わず呼び掛けていた。
こっちを見て欲しいなと思ったから。
すぐにもあたしを振り仰いだ翡翠の瞳。
どこか困ったように微笑んで。
…ごめん、と。
もう一度詫びたとーしろーの手に、結局その日あたしの編んだシロツメクサの花冠が渡ることはなかったのだけど。











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あきゅろす。
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