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神さまとわたし 1

村の祠に祀られている神様は、数十年に一度の割合で『代替わり』をすると言われている。
代替わりが行われた際は、祠に『神託』が下るようなので、そうしたら速やかに『神の花嫁』となる娘を村からひとり、神の元へと差し出すのが古くからのこの村のしきたりであるらしい。


――そんな言い伝えに、「えー、今どきー?」って思わず眉を顰めたくもなったのは、今が平成の世であるからに他ならない。
西暦二千年を迎えて間もなく十余年を越すこの時代、神様に神の花嫁…って。
言っちゃ悪いけど、バカらしいことこの上ない。
けれど年寄りばかりのこの村では、そんな馬鹿げた習わしが幾らだってまかり通るのだからそら恐ろしい。
(あー、やだやだ)
こんな村、さっさと出て行きたいなあ、と。
ほとほと嫌気のさした、夏の初めの夕暮れ時のことだった。
期末テストも終わって、学校も休みに入ったとある日。
少し遅めの昼寝に興じていた真っ只中に、その『吉報』とやらが届けられたのは。






*
*


「――は?」
「だからね、あんたが選ばれたんですって。その神様の花嫁とやらに」
「っはああああ!?」

聞いてないし。
冗談じゃないし!
「ちょ、それ本気で言ってんの、ママ!?」
ズイと身を乗り出したその瞬間、テーブルのお椀に肘が当たって、飲み掛けのお味噌汁がバシャッと零れる。
嫌そうにママが眉根を寄せている。
だけどこの際構ってなんていられなかった。
(当たり前だ)
何でも村一番の大地主でもある村長さんが訪ねて来て、あたしが今度代替わりした神様の『花嫁』になることに決定したからと誇らしげに告げて行ったらしいのだ。
(いやいや、冗談じゃないし!)
だいたい決定した…って、何それ聞いてないし!
そもそもあたしが承諾するわけないですし!?
何を勝手に決めてくれちゃってんのよ、ちょっとおー!
それに花嫁…って、あたしまだ十六!
一応法律的には結婚できないわけじゃないにしろ、相手神様…って、何言ってんの?!バカなの、死ぬの?
人間ですらないんですけども!
(いやいや、マジでぜったい無理だから)
そもそもあたしには今好きなひとがいて、学校だって楽しいし、出来れば大学だって行きたいわけだし。
やりたい仕事だって一応あるし!
そんなわけのわからん得体の知れない相手と結婚なんて、っじょおおおおだんじゃない!
「で、当然断ってくれたのよね?!」
ずずいと尚も身を乗り出すも、サッと逸らされたママの視線。
おいいいい!!
「ママ!」
「っしょうがないでしょ、いきなり来て言いたいことだけ言って帰っちゃうし、お義母さんは大喜びだしお父さんも帰って来てないし!それに相手は村一番の地主さんで、村長さんよ?他所者でもあるお母さんの話なんて聞く耳持つわけがないでしょう!」
「ママッ!!」
酷い、娘を売ったのね!?
そんな絶望に一瞬くらりと目が眩む。
「っじょ、冗談じゃないわよ!あたし、そんなわけのわかんない神だか何だか知らないところに嫁ぐのなんて、ずえーーったいにイヤだからね!!」
わあああ、もう!
こうなったら、家出してやる。グレてやる!
――なあんて思ったこともありました。ハイ。
もういっそ相手は誰でもいいから彼氏でも作って、変なもんに嫁がされる前に既成事実のひとつも作ったる!とか。
思ってたこともありましたとも。ええ。
そんな勢い余って意中の男子に無謀にも告白をして、散った思い出は今尚記憶に新しい。

「ワリ。お前のこと、そう云う目で見たことなかったから…」

あーあーあー。
抉られます。ゴリゴリと。
胸にキリキリと痛いです。
失恋のショックまでをもダブルパンチで喰らったあたしは、最早半ば自暴自棄。
この試験休みが明けたらまたあいつと顔を合わせなくちゃいけないのだって気まずくて…。
(だって同じクラスの隣の席なのよ!?)
「さて。決心はついたかね?」
…神様が花嫁をお待ちだ。
有無を言わさぬ圧力と笑みで以って、村長さんに決断を迫られて。
それもいいかも、なんて。
思ってしまったのが運の尽き。
「――はい」
それじゃあお嫁に行きます、と。
気付けば頷いていた。項垂れていた。
心配するママの声も、パパの制止も。
最早何ひとつ、耳には入って来なかった。


十六の夏、こうしてあたしは村の祠に住まう神様の、たったひとりの花嫁となったのだった。










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あきゅろす。
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