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12.


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「なーんてこともありましたねえ」
「それ、今言うことか?」

身支度を整え、寄合に出向く出掛けに一服を嗜んでいたあのひとが、何とも言えない情けない顔でぼそりとごちる。
火鉢の縁に雁首を打ち付け、溜息と共に灰を落とす。
「昔は他の女なんかいらねえって言ってたくせに、堂々『女遊び』とは恐れ入ります」
「だからそうじゃねえって!しょうがねえだろ、俺だって吉原なんざ好きで足運ぶわけじゃねえよ!」
たまたま今度の寄り合いが、吉原の半籬で行われるだけなのだと云う言い訳を、くどいほどに繰り返すひと。
――わかってるけど。
仕方のないことだって、嫌ってほどにはわかってるけど。
それでも面白くないものはしょうがない。
ぷんとぶん剥れたあたしに、あーもうしょうがねえな!って、やけくそとばかりに口にして。
抱き寄せられる肩。
そのままくちびるを塞がれて、あ・と思う間もなく舌を奪われる。
絡めて。
食んで。
擦り合わせて。
「お前は…出掛けに拗ねんな!つか、煽んな!」
止まんなくなるだろうがとの一喝をくれるこのひとは、どうやら晴れて夫婦となった今以って、甚くあたしに執着を抱く。
あたしを連れて家を出るとまでのたまったことに渋々折れた旦那様の温情により、ほどなく祝言を挙げた若旦那とあたしは、どうせすぐにも別れるだろうとの下世話な噂を他所に、二男三女にも恵まれて。
夫婦仲は、尚も良好。
最初は女中風情が嫁入ることに難色を示していた旦那様も、あたしと所帯を持ってからの若旦那の仕事ぶりとこれまでにない頑張りっぷり、それから尋常でないあたしへの執着ぶりに、さすがに思うところがあったみたいで。
少しずつあたしへの態度も軟化していき、孫が生まれて以降は特に角が取れて、今では家族仲も大いに良好だったのだけど。
やはり寄る年波には勝てず、最近になって体調を崩すことの多くなった旦那様に代わり、若旦那が寄り合いや会合など顔を出すようになったことで、こう云った小競り合いにも似た小さな喧嘩が少しずつ増えるようにもなっていた。
(付き合いなんだし仕方がないのは、そりゃあ…料簡してるけれども)
それでもやっぱり寂しい。面白くない。
しかも口では「拗ねんな」と文句を言いながら、このひとときたら拗ねるあたしに大層ご機嫌なのだから、まったく以って腹の立つ。
「…嬉しそうですね」
「そりゃあな。悋気起こされんのも悪かあねえ」
「……バカ」
ああくそ、この後寄り合いなんかじゃなけりゃあ、今すぐここで押し倒してえ!って、ほんと…バカ。
「はいはい、そろそろ出る頃合いですよ」
「わーってる!」
なんて言いながら、名残惜しげにまたくちびるを重ねる。
首筋にやんわり歯を立てるひと。

「帰って来たら続きすっから憶えとけよ」
「朝っぱらから閨に篭もる趣味はございませんけど?」
「バカ言え。夜の内には戻る。朝帰りなんざするわけねえだろ」

――さいですか。
あくまで寄合に顔を出すだけで、女を買いに行くわけではないと言い張るこのひとは本当に、いったいどれだけあたしが好きなんでしょうねえ。
(だってあたし、六つも年上よ?もういい年の大年増なのよ?)
なのに今以って他の女に目もくれない。
吉原はもとより、芸妓や酌婦の付くお座敷へと出向くのだって良しとしない。
今じゃ奥様も旦那様も、見世の使用人からご近所中、果てはお得意さん方まで皆一様に、半ば呆れ眼に溜息を吐く。
日番屋の若旦那の奥方への執着は、そら恐ろしいものがある、…と。
そう云えば、今や遠くにお嫁に行ってしまった七緒もこれには呆れ顔だったなとふと思い出す。
(ああ、そうだ。今思えばあの子がこのひととの縁を繋いでくれたも同然だった)
懐かしさについと目を細めたあたしに目敏く気が付き、何がおかしいと首を傾げるこのひとの、うんと幼かった頃を思い起こす。
すっかりと精悍さを増した面差し。
切れ長の瞳。
低い声。
背だってうんと大きくなった。
それこそ、初めて夜を共にしたあの頃よりも。
面影だけを残してすっかり変わってしまったけれど、それでも変わらないものがここに在る。
決して変わらない、今尚続く、あたしへと向けられる一途な思い。
眼差し。
絶え間なく注がれるたくさんの愛。
嬉しくて、伸ばした腕。
縋るように抱き着いて、大好きですよと囁けば、堪らないと云った顔をする。
「っだから、お前は…いちいち煽んな!」
生殺しか!?って、抱き返される。
その、逞しい腕に。
厚い胸に。
それが嬉しくて、綻んだ頬。
「早く帰って来て、約束通り…抱いて下さいね?」
抱き締められた腕の中、そっと耳元に囁けば、
「うわ。マジで今から行きたくねえ」
ってあのひとが、げんなり顔で零したから。
それがあんまり可愛くて、声を上げて笑ったのは言うまでもない。






end.

そんなこんなでおかしいな?(^q^)出だしがアレだった割に気付けばただのばかっぷると云う、いつものオチです。鉄板です。
あと、いつもの江戸パロ以上に日番谷のノリと性格が軽めです。たいちょのキャラ崩壊しまくっててすみません;
でも仕事はそこそこ、特に商才があるってわけでもない普通の若旦那が、惚れた女のために必死になったり祝言挙げたら一転やる気出したりしたら可愛くね?萌えじゃね?と思って殴り書き。
連れ添うほどに惚れ直して、周りからはいい加減呆れられてたらいいと思いますw まあ、実際いたらかなり難しい組み合わせだろうなあと思わないでもないですが、創作なので無問題です(キリッ)
そんな妄想駄文に今回も、長々お付き合いありがとうございましたー!\(^o^)/


お題:月にユダ

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