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10.


「え…それってまさか、若旦那の…」
「違げえし。つーか、お前以外とやってねえし!」

だから『男』がいるっつッたろうが、と。
呆れ口調に一喝されはしたものの、やっぱり遠く理解は及ばない。
(それじゃあ、何?そのお嬢様ってば、別の男の子どもを身ごもったまま、若旦那に嫁入るつもりだったってことお!?)
それはない。
幾らなんでもそれは…。
唖然とするあたしに気が付いて、「ああ、違う違う」とまたあっさり否定を口にした若旦那は、「あっちのふた親はともかく、娘の方はそんな女じゃねえよ」と苦笑を漏らした。
「ま、破格の持参金に目のくらんだうちの親父はどうやら知らなかったらしいけどな。あっちとしては、厄介者の腹ぼての娘をさっさと俺に押し付けて、事無きを得ようって算段だったらしいが、――冗談じゃねえ。幸い向こうの娘にもその気は一切ねえようだから、今はお互いこの縁談の火消しに躍起になってるとこだ」
だから生憎俺が嫁を取る予定は一切ないとあのひとは言った。言い切ったから。
「…そう、なんです?」
「そうなんですヨ」
尚も唖然と念押すも、言下に肯定されては二の句も継げない。
おかげで更なる混乱に陥ったのは言うまでもない。
(え…それじゃほんとに縁談は破談?)
お相手は既に腹ぼてで、しかも若旦那と祝言を挙げるつもりもないの?
「聞いた話じゃどうやら腹の子どもの父親は、出入りしている豆腐屋の倅らしい。まあ、なかなかに働き者で男振りも悪かあねえが、娘を嫁にやるにゃあ格が違い過ぎて面白くねえって理由で反対されているんだと。けどなあ、全っっ然諦めてねえからなあの女。その豆腐屋の倅に惚れ込んでてな、俺のことなんざ塵ほども眼中にねえ」
くつくつと笑う若旦那の話が事実だとして、――なるほどそれでは確かにこの縁談が纏まるわけもない。
何しろ話を聞いてすぐ、若旦那は旦那様にお相手が既に腹ぼてであること。
彼女に、腹の子を堕ろすつもりもないこと。
そもそも別の男の元へ嫁ぐつもりでいるらしいことを全て伝えてあると言うから、いくら旦那様が持参金に目が眩もうとも相手が悪い。
さしもの旦那様だって、これ以上無理を押してこの縁談を進める気にはならないだろう。
――でも、だけど。
(それがいったい何だと言うの?)
この縁談に限って言えば、確かに取りやめになるかもしれない。
けれど旦那様のことだ、すぐにも新たな縁談を用意して、若旦那に娶せようとするのは明らかで。
結局いずれこのひとは、然るべき家柄のお嬢さんを迎え入れることになるのだ。
だって幾ら若旦那が抗ったところで、旦那様の言うことは絶対で。
そもそも今後を見据えたがゆえに旦那様は、この縁談が上手く行かないことを承知で尚もあたしに嫁ぎ先をあてがったに違いないのだ。
あたしとのことを、赦すつもりは一切ないから。
幾ら若旦那が望んだところであたしを『嫁』として迎え入れるつもりは一切ないと云う、旦那様の確固たる意思表示に他ならないのではなかろうか。
…ならば、今。
やはりここでお傍を離れて嫁にゆく――それが最善なのかもしれないとの不安が過ぎる。
再び目の前が真っ暗になったような気がした。










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あきゅろす。
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