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6.


「ほれ。腹が痛くならねえ内に飲んどけ」
若旦那ときたら、まるで意に介さないとばかりに口にして。
引き出しを開けて取り出した、腹痛に良く効くと巷で評判の丸薬を、あたしの手のひらにぽんと乗っける。
――そういえば、若旦那は月の障りの時分、いつもこうしてあたしに薬を分けてくれたのだった。
(やさしいひとではあるのよねえ)
決して安い薬じゃないのに。
自分で使うことなど滅多にないんだろうに、いつもこうして部屋に常備しているのは、もしかしたらあたしの為だったのかもしれないと思えば、心中複雑ながらもありがたく受け取るよりも他はなく。
何より、やっぱり恨めそうもない。
「ありがとうございます、若旦那」
「ん。礼ならこれでいい」
そう言って。
同意も無しに口を吸われてしまったことも、この際不問にしてあげよう。
だって、きっとこれが最後のくちづけだから。
――あたし、お嫁に行くんです。
今度こそここを辞めて、お嫁に行くんですよ。
だからやっぱり――例えどんなにあたしが望んだとしても、あなたがあたしを惜しんでくれたにしても。
あなたのお妾になんてなれないんです。
…だって、とってもいいお話だから。
とうに行き遅れたこんなあたしでもいいと言ってくれる、お嫁に欲しいと言ってくれるひとなんです。
――だから…。
伝えるべきか、否か。
最後の最後まで迷って、…やめた。
そうか、良かった…なんて。
万が一にもこのひとに言われてしまったら、きっと泣いてしまっただろうから。
あたしにくちづけて、してやったりとばかりに笑うあのひとの、子どもみたいな笑顔を瞼に焼き付けて。
「じゃあ、そろそろ戻りますねあたし」
まるで何ごともなかったかのように、いつも通りに暇を告げる。
「おう、ご苦労さん」
常であれば、そんな労いの言葉がいつも通りに返って来て、あたしはそのまま部屋を後にする――筈、だったのに。
「なんだ、もう戻る気か?」
予想外にも引き留められて、少し戸惑う。
「え、ええ。もう遅い時間ですし」
「は?いつも朝方まで一緒に居んだろ」
「ですが、今日は月の障りだと…」
だから閨の相手は出来ない。
今夜のあたしは用無しでしょうと、暗にあてこすってやるも、バカ言ってんなと軽くあしらわれる。
ハッ!と鼻で笑われて、あたしを捕えたあのひとの腕。
「月の障りだからって、お前を追い返すような真似、俺ァこれまでいっぺんたりともしたこたねえぞ」
随分と見くびってくれるじゃねえか、と。
どこか苛立ったような声で耳元深くに注ぎ込まれる。
耳たぶに、ギリと歯を立てられる。

「い・たっ!」
「痛くしてんだ。嫁入り先が決まったからって、浮かれてんじゃねえぞ」
「!?」

ハッと息を呑んだのは、噛まれた痛みと――それ以上に、よもやこのひとに知られていたとは思わなかったから。
呆然と見やった先ではあのひとが、くちびるの端を皮肉に歪め、薄らと笑ってあたしを見ている。
酷薄なその笑みに、思わずぶるりと身震いを起こしてしまうほどには。
「よもや俺が知らねえとでも思ってたか?だとしたら随分とおめでたいな」
どこか嘲笑うように口にして。
抱え込まれた先、襟を割って若旦那の手がするりと内に入り込む。
…あ、と。
声を上げる暇もなかった。









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