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4.


途端、若旦那の顔に落胆の色が落ちるも、ならしょうがねえと伸ばした腕をスッと引く。
このまま、「なら、今夜から暫くは用無しだな」とでも素気無く言って、あっさり突き放してくれるひとだったら良かったのに…。
「で、腹の方は大丈夫なのか?くれぐれも無理だけはするなよ」
「ええ、今のところは。痛みもないので」
「ならいいが」
月のものの来たあたしをこうして労わってくれる。
これぐらいはいいだろう、と。
やさしいばかりのくちづけをくれる。
抱き寄せては髪を梳き、不器用にも甘い言葉なんぞを囁いてくれるものだから、今日まで切り出す決心がつかなかったのだ。
「女ってえのは大変だよな」
しみじみ口にするあのひとに、
「ええ。ですから若奥様になる方のことも、ちゃあんと労わってあげて下さいね」
苦笑混じりに返した言葉。
――ほんの、束の間。
ぽかんと呆けたあのひとは、よもやあたしに知られていないとでも思っていたのだろうか。
「聞きましたよ、若旦那。なんでも奥様をお迎えになられるそうで。おめでとうございます」
どこか突き放すようなあたしの口振りに、ハッと我に返ったようにして、すうっと眇められた瞳。
苦々しげに舌を打ち鳴らし、どこから話を聞き付けやがったと苛立たしげにあたしへと問う。
「そんなもの、どこだっていいじゃありませんか。…ともかく、これから奥様を迎えられるんですから、いつまでもこんなことをしていたらいけません」
肩を抱く腕をそっと押し戻しながらも、ちくんと胸が痛んでしまったのは、この期に及んで否定の言葉ひとつも貰えなかったから。
これ見よがしの溜息をひとつ、吐き出されてしまったから。
そんなくだらん噂を真に受けるな、と。
今はまだ誰とも祝言を挙げるつもりも予定もないとの否定の言葉を、心のどこかであたしが期待していたからに他ならなかった。
けれどやっぱり本当だった。
(わかりきっていたことだったけど)
このひとは既に、然るべき商家から奥様となる方を迎え入れる気でいるのだった。
…お前が好きだ。
嘗てあたしにそう告げた、あの頃のあのひとはもうどこにもいないのだな、と。
こうもまざまざと思い知らされてしまったから。
所詮あたしとのことなんて、一時の遊びに過ぎなかったと今になって、漸く気が付いてしまったから。
(全部がぜーんぶ、一時の夢)
所詮女中のひとりでしかないあたしが、こんな大店の若旦那なんかと所帯を持つなんてある筈もない。
そもそも奥様や旦那様がお赦しになる筈がない。
そんなことも忘れてのぼせ上って、すっかり溺れた。
耳に心地良いばかりの甘言を、本気にしていたあたしが愚かだったのだ。
「…お前は、」
ふと口にし掛けて、言い淀む。
乾いた薄いくちびるを、ぺろりと舐め上げてから再びあたしに向けて言う。

「お前は、俺に囲われてえか?」

――なんて残酷なことを問う。











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