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2.



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*


「冬獅郎様!」
俺の顔を見て、パッと表情を明るくした松本は、「おかえりなさい!」と俺に駆け寄る。抱き着いて来る。
婚姻を結んだ当初こそ、どこか戸惑ったように俺との間に一線引いた態度で接していた松本ではあるが、今となってはてらいなく俺へと甘える。好意も露に俺を抱き寄せる。
そんな女を可愛いと思うし、愛おしくも思う。
――だが、それでも。
失われた記憶。
俺ひとりだけが今以って、後生大事に抱え持っている、嘗て松本と共に旅した頃の大切な『思い出』。
豪快に笑い、時に俺を叱り飛ばし、大好きよ!って抱き締めてくれた。
厳しくもやさしい稽古を付けてくれた松本までもが、あの日を最後に失われてしまった。
それが酷く――口惜しい。
だからどうしたって探してしまう。
松本の中に。
嘗て――『大国の魔女』と呼ばれていた頃の、松本の影を。名残を。面影を。
それが結果として松本に、あらぬ誤解を抱かせていたとも気付けぬままに…。
ただ、松本の向こうに嘗ての『魔女』としての松本を見出そうとしていただけの行為が、如何ほど松本を傷付けていたとも知らないままでいた、あの頃の自身の愚かしさを思い起こすに臍を噛む。
――惜しくはある。
今以って思い出さない、恋焦がれない日はないとも言える。
だからって、今ここに在る松本を失いたいわけじゃない。
泣かせたいわけでも、況してや距離を置かれたくなど。
だから改めて、自身の未練に封印を施した。
(そうだ、どちらも同じ『松本』じゃねえか)
例え『俺』を忘れようと。
俺との過去を忘れ去っていたとしても。


「愛しているぞ、乱菊」


何度だって繰り返す。
繋ぎ止めるために。
この手に捕えておくために。


「はい。あたしもです、冬獅郎さま!」


その笑顔を、永劫守り抜くために。









――本当に良かったのですか?

尚も俺へと問い掛ける、女の愚問を一笑に付す。









end.


お題:alkalism様

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