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8.


あのお姫様でないのだとしたら、今もあたしの向こうに見ているのはいったい誰なの?
なのにどうしてあたしを選んだの?
――俺はガキの頃からずっとお前のことが好きだったからな。
なんでわざわざそんな『嘘』を吐くんだろう。
どうしてこんな、愛おしいものを抱くように、やさしくあたしを抱き寄せるのよ。
…わからない。
でも、知ろうとすることすらも赦されない。

「これ以上は立ち入り禁止だ、乱菊」

嗤うあの子があたしに待ったを掛ける。
いつだって酷い頭痛に見舞われるから。
そうしてそんな夜は、いつも以上に丹念に、執拗なまでにあたしを抱き潰すから。
夜が更けてもまだ続く、甘い拷問の果て。
気付けばいつだって、ぐずぐずに意識を溶かされている。
そうして目覚めた翌朝には、何もかもを忘れてしまう。
昨夜抱いた筈の疑問のことも。
不安や、焦燥も。
何もかも。
…だから。
抱き寄せられたその腕の中、今日もあたしは微笑んでいる。
微かに不安を残した煌めく翡翠の瞳の中、あたしだけが笑っている。




――もう、二度と。
誰にも触れさせはしない。
死なせもしない。


(変な冬獅郎。あたしは一度だって死んでなんかいないのに)
(あんた以外の誰にも触れさせてなんていないのに)


いびつに歪んだ記憶の中、あたしだけがわらっている。微笑んでいる。
――捕えられた、その腕の中。
羽をもがれた稀代の魔女。
…松本乱菊としての記憶を全て失ったまま。



(すべてはあなたの手のひらの上)









end.



お題:alkalism様

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