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石英のひび 1


あたしの旦那様となった男は、この国随一の騎士で英雄だ。
否、決して名前が『英雄(ひでお)』であるわけでなく、正真正銘スーパーヒーロー。
稀代の魔女とも悪女とも呼ばれた、強大な魔力を有する『大国の魔女』の首を討ち取り、仕えていたお姫様に掛けられていた『黒バラの呪い』を解いて、その命を救った。
北の森深くに蔓延る黒バラを、一掃させた英雄たる男こそが、あたしの夫なのである。
…ええ、まったく意味がわかりませんが。
だってアレでしょ、そこは普通、英雄なんだし騎士なんだし、助けたお姫様と結ばれるのが定石ってもんなんじゃないの?
事実その頃王都には、英雄たる騎士とお姫様とのラブロマンスの噂が一瞬にして駆け巡ったし、ふたりを題材にしたと思しき身分差もののロマンス小説が、これでもか!ってぐらいに刊行されて話題となった。
(何しろ騎士は、平民出身だったので)
また、愛らしくもやさしい姫と、姫よりひとつ年下の、年若くも見目整ったその騎士は、傍目に見ても大層お似合いだったから。
数多の絵師達が思い思いに描く、ふたりが寄り添う姿絵なんぞも街のあちらこちらで売られてましたし?
――そればかりか。
あのふたりはいったいいつ結婚なさるんだ?
いつ王様は騎士に爵位を授け、姫を嫁がせると仰るのか?
それともあれか、此度の褒美を王に訊ねられるのを待っているのか、あの騎士殿は。
その際姫の降嫁を望むつもりでいるんじゃないか?
…などなどと、あちらこちらで実しやかに広がりを見せる噂。
なのに騎士は、あろうことか自身への褒章の席で、
「日番谷。そなたには此度の働きへの褒賞として、子爵の地位と領地、それから相応の財産を与える。また、他に望みがあれば併せて聞こう」
さて、そなたは何を望む?…と。
実に興味深げに問うた王の言葉に彼の騎士が、
「では、あの者との婚姻を」
恭しくも頭を垂れつつ望んだものは、姫との結婚――ではなく。
「は!?あ…あたしぃっ!?」
お仕えしている『白き魔女』の命令により、騎士と共に魔女討伐に奔走していた、…あたし。
一介の見習い魔女でしかない上に、見るからに騎士より年嵩、上背もある。
どう見積もっても釣り合っているとは言い難い、むしろ姉と弟にしか見えないであろう、寄りにも寄ってあたしとの結婚を望んだのだった。
よもや騎士がそんな望みを願い出るとは露ほども思っていなかったのだろう、今や王宮の広間は騒然としており、さしもの王も目を丸くして驚いている。
勿論、王の傍らに並ぶ王家のお歴々方も。…お姫様までも。
そんな周囲の困惑と驚きとをものともせずに、尚も騎士は訥々と語る。
「あの者は『白き魔女』殿から王家に遣わされた見習い魔女と聞き及んでおります。ならば王より彼の魔女殿に、我が妻として迎え入れるための婚姻の許可をご進言頂きたく」
尚も深く頭を垂れるその騎士は、どうやら本気であたしを妻にと望んでいるようだった。
ゆえに王は戸惑いながらも、あいわかった、と。
その願いを了承するより他なかったのだ。









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あきゅろす。
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