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花鬼


だがしかし、やはり汚れた下肢が気になるのだろう。
せめて眠る前に一度下湯を使わせて欲しい、と。
懇願をした女が床を抜け出して、のち。
湯からの戻りを待つ傍ら、ひとり煙管を燻らせていたところで、襖が開いた。
女が座を辞す頃合を見計らったように中へと入ってきたのは、既に顔なじみとなって久しいこの見世の『喜助』だ。
「花魁は?」
「湯を使いに行っている。あと半刻は戻らんだろうな」
失礼しますと行灯に油を差しながら、俺の顔を見ることもなく、まるで世間話でもするかのように男が言った。
「その様子じゃあ、思惑通り事は運んだようですね」
それに俺はくつと喉元を鳴らして笑うと、
「ああ。お前のおかげで、な」
言下に男の言葉を肯定した。
途端、男は上擦る声で俺へと畳み掛ける。
「っでは、約束通り?!」
果たして高揚の余りか、今や油差しを持つ手が俄かに震えていた。
それにまた俺は苦笑を浮かべる。
「ああ。請け出してやるよ、お前の代わりに・な。信憑性が増すようにと、ふたり揃って口裏まで合わせてくれたんだ。お前らには感謝してもしきれねえ」
後はふたりで好きにしろと言い置けば、喜助は飛び上がらんばかりに喜び、畳に額をこすり付けて感謝の言葉を口にした。
それを、声がでかいと苦笑で以って窘めてから、詳しいことは追って連絡を入れるからと言い含め、早々仕事に戻らせる。
まだ身請けも済んでいない今、万が一にも女に聞かれるわけにはいかなかったから…。
――あの女、に。
間夫が他の女と通じている…と。
花魁の妹女郎を通じて吹き込むようにと指図したのは、他でもない俺の差し金だった。
入れ込む男が他にいる限り、決して俺に請け出されることはないとわかりきっていたからだ。
何としても手に入れるために、策を講じた。
この見世の喜助と、花魁の妹女郎とが廓の御法度である理無い仲にあることを知って、利用したのだ。邪魔な男を遠ざけるために。

花魁の間夫が他の女の元へと通ってるらしい…と、尤もらしいことを吹き込み何としても信じさせろ。
そうして男のことは諦めさせろ。
成功すれば、それ相応の報酬をやる。
お前の代わりに、妹女郎を一緒に請け出してやろう。
なあに、わざわざ俺の名を出さずとも、俺の知り合いの名を借りさえすれば身請けぐらいどうとでもなる。
そうすれば、お前も妹女郎も晴れて自由の身だ。

後はふたり、どこへなりとも行って、好きに生きればいいと甘言で以って焚き付けたのだ。
『自由』を餌に、ありもしない心変わりをでっち上げさせ、何も知らない花魁に付け入るだけの隙を作らせた。
思い合うふたりの仲を引き裂いたのだ。
今し方聞いた喜助の話によれば、男の心変わりを聞かされて以来花魁は、随分と気落ちしていたらしい。
事実、以前に比べて少しやつれたようにも思う。
どこか悲壮に暮れた横顔を、哀れに思わないとは言わない。
況してや、多少なりとも罪悪感が無いとも言わない。
それでも一切の後悔は無い。
(ありゃあ俺の『女』だ)
今生に生まれ落ちる、そのずっと前から俺の『女』なのだ。あのおんな、は。
(だから返してもらうぞ。…男)
顔も知らない。知りたくもない。
嘗ての、花魁の間夫であった男に、心中嗤い掛ける。
今生で俺のことを憶えていないばかりか、花魁なんぞになっていやがった挙句、他に間夫を作るなど…。
腹立たしいことこの上ないが、結局最後にはあれが『俺』を選ぶことはわかりきっていた。
否、そうでなくては困るのだ。
そうでなければ、追いかけてきた意味がない。
「どこにだって逃がしゃしねえよ」
地の果てまでだって追いかけてやる。
そうして何度だって捕えよう。
例えどんな手を使ってでも、この腕の中にあの微笑みを…あのぬくもりを取り戻すのだ。


――浮かぶは、狂気。


思い描くは、恋焦がれたただひとりの女との、永劫続く…共に在る未来。
断ち切ることなど、赦さない。












end.


ヤンデレか!!と、書いてて思わず突っ込んでますた。アレ、オカシイナ??(w;
そんな感じで、多分最初で最後の日乱で遊郭ネタ。いや、これのどこが日乱??なパラレルですよー。またも日番谷さんが大暴走/(^o^)\
花魁乱菊を落籍するのに、裏で日番谷がそんな姑息な算段してたら楽しくね?と云う妄想です。あと、きっと記憶が戻った後の松本は、「そこまでやるか?!」って感じだったんじゃないかと…;
因みに吉原ネタなのに松本が廓詞じゃないのは仕様です(^q^)…だってほんとに誰だかわかんなくなっちゃう(汗)あと、喜助は浦原のことじゃないですよ〜。廓で雑用してる男衆のことです><


お題:alkalism

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あきゅろす。
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