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5.


片付けひとつ、身支度ひとつしない内から、情熱的にくちびるを塞がれ息が上がる。
強く襟足を吸い上げられた。
「あ…、だめです。痕が…!」
商売道具でもあるこの身体、そんな痕を残されてしまえば、他の男の前へと立てる筈もない。
慌てて押し留めようと咎めたところで、尚も肌を吸い上げられて、また声が上がる。
そんな戸惑いすらも愉しむように、くつりと笑うとあのひとは。
「身請けの決まった相手にどうしようと俺の勝手だろう。どうせもう二度と他の客の前になんて出させやしねえよ。――だから今夜は好きに抱かせろ」
再び酷薄に言って、荒々しい手付きで以って打ち掛けに手を掛ける。
いつもはひんやりとした翡翠の瞳に色濃く灯る情欲を見て、急速なまでに抗う気力は失せてゆく。
「…そんなにあたしをお望みですか?」
戸惑いながらのその問い掛けに、
「当たり前だ」
と、一切の躊躇は無い。
言下に返された肯定に、けれど少しだけ胸のすくような思いがした。
愛した男に裏切られはしたけれど、こんなにも望んでくれる男が居る。
年季が明けるのを待たずに、大金で以って落籍してくれるとのたまった男。
その情熱に、心揺さぶられぬ筈もない。
続く床の間には既に薄っすら明かりが灯されていて、それに気付いた男に抱き上げられて床へと向かう。
布団の上へとやさしく寝かされて、再び近付く薄いくちびるを受け留める。
愛している、と。
いつになく甘く囁かれ、応えるように言葉を返した。
…愛します、と。
貴方のことだけを愛します、と。
常日頃、口に出して憚らない、遊女の手練手管の言葉ではなく、真実心の内を告げて伝える。
けれど、男にしてみれば余程意外だったのだろう。
不意に目を丸くした男が、ぷと噴出して相好を崩した。
「なあ。そこは花魁の手管ってヤツで、『あたしも貴方をお慕いしてます』または『愛しています』とでも来るとこなんじゃねえの?」
揶揄するように口真似をして、極…至近距離で問い掛けられた。
先ほどまでの熱を孕んだ瞳は、今はやわらかくも眇められ、穏やかなまでの笑みを浮かべている。
そのはにかんだ様に、思わず脈打つ胸の鼓動。
「っいえ…もう、花魁ではなくなりますから」
貴方相手に遊女の手管を使いたくはないんですと羞恥いっぱいに打ち明けたなら、そうかとやさしくくちづけられた。
――女郎としてでなく、ひとりの『女』として抱かれる。
そんな相手はあのひとひとりだけだとずっと思っていたし、信じてた。
そうしてやがてはあのひとの元に嫁ぐのだ、と。
信じて、夢見て、日々他の男へと身を委ねてきた。いいように抱かれてきた。
嘗て愛した男のことを思い起こせばやはり、今尚胸は痛むのだけど。
このひと…に。
請け出されると決めた以上、心を残してなんていけない。
…だから。
普段であれば襦袢を残して開く身体を、全て晒して今夜は受け入れる。
触れる、指先を。舌先を。
すべてを許容して、身を委ねる。
注がれる精を受け留める。
そうして男が身を離したところで、いつものように手水に行こうと襦袢に腕を伸ばしかけて、――遮られた。










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あきゅろす。
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